diary-sentencesのブログ

日々たらたらと小話的な物語的なのを書きます。

第三十話 ペーパームーン

「私、漫画家さんになりたいんだ!」
「アキちゃん、もう子供じゃないんだから将来のこと、真剣に考えなさい。」
「真剣だよ私は!」
「アキコ。そんなに人生甘くないんだ。考え直しなさい。」
「パパもママも私のことぜんぜん信じてくれないじゃない!!!」

 

そう言い捨ててアキコは家を飛び出した。
もちろん向かったのはいつものあの場所。
小さな頃からそこに居るだけで、世界が変わったように見えた。
高台の広場のことだ。町中を見下ろせて、夜には何も邪魔しない綺麗な夜空が広がるそこはアキコのお気に入りの場所だった。高台とは言っても、すごく細い道を通り抜けて、まるでジブリの世界に入り込んだかのようなところにあるので、そうそう他の人と出会うことはない。しかし常連はアキコだけではない。

 

「あ、トモ君!いたんだ!」
「びっくりするなあ、アキちゃん。今日もなんか嫌なことがあって来たのかい?」
「そうなんだよー。パパもママも私が漫画家になりたいって言っても、だめっていうの。」

 

アキコがここに来るのはほとんど、何か嫌なことがあった時だ。
高校の友達とケンカしたとき、好きな子に振り向いてもらえなかったとき、弟ばかり両親から褒められたとき。その理由は様々だが気持ちを落ち着かせるためにここに来る。
そうしたときにほとんどいるのが、年が3つ上のトモキ。アキコはトモ君と呼ぶ。トモキは高校を卒業してから、絵描きとして生計を立てている。

 

「トモ君はパパやママに反対されなかったの?絵描きさんになるって言ったとき。」
「うーん、反対はされなかったよ。強く背中を押されたわけでもないけど。したいようにしなさいとだけ言われたかな。まあそれが一番の後押しなんだけどね。
「いいなー!トモ君のパパママは優しいね。うちの二人は真剣に考えなさいっていつも言うの。」
「まあ、ご両親のいうことも分かるけどね。安定した仕事じゃないし、実力だけじゃすぐに報われないことだってあるしね。」
「じゃあ私は漫画家に向いてないと思う?」

 

トモキは返答に困った。アキコが書いた漫画を見せてもらったことはあるが正直、非凡なものは感じなかった。このくらいならだれでも書けるんじゃないかと思ったのだ。あきこの描く絵がおそらくその大きな原因だ。自分が書くほうが良いのではないかと思う程度だった。しかしトモキも漫画調の絵が描けるわけではないので変なことを言って期待させてはいけないと、何も言わなかったのだった。

 

「話も絵も上手だと思ったよ。もちろん否定はしないけどアキちゃんもまだ若いんだしもっと色んなお仕事を知ってから決めてもいいんじゃないかな。」
「何よ!トモ君まで。はっきり言えばいいじゃない!才能がないなら、ないって言ってよ!」

 

そう言い捨ててアキコは走り出した。
一日に二度も捨て台詞をは吐いて走り出すなんて何かの漫画みたいだなと思いながら走った。しかし走っても行くところがない。トモキの所に行くわけにもいかないし、家にもなかなか戻りにくい。
とりあえずふらつこうかなとも思ったけど、思ったより時間が経っていて、高校生が出歩いていたら危ないなと自分でも思ったので大人しく帰宅することにした。家に帰るとおそらくアキコの分の夕食が皿にラップされて置かれていた。母から「しっかり温めて食べてね。」と置手紙がされていた。気分的に食欲はなかったが残すのもあれなので電子レンジで温めて食べることにした。別にそんなに好んでいるわけではないハンバーグだったのに、いつもよりも味がはっきりするような気がしてとても美味しかった。味だけではない何かも相まって、自然と涙を流してしまった。明日も学校は休みだから夜更かししようと思ったけど、部屋を早く暗くして眠りにつきたい気分だったのですぐに眠った。

 

「アキちゃん!もうお昼になっちゃうわよ!起きなさい!」
「う、うん。まだ寝れるのになあ。」

「今日は何も予定ないの?」
「うん、別に。考え事でもしようかな。あ、少しは勉強も。」
「あら、高校生は忙しいわね。ママはお仕事に行くからお留守番頼んだよ。」
「はーい。」

 

母にはそう言ったものの、何を考えるわけでも、何か勉強するわけでもなくただ机に向かって座ったまま過ごした。考えたことと言ったら、トモキのこと。なぜ正直に言ってくれないのか疑問で仕方なかった。きっと優しいから本当のことを言えなかったんだと思うようにしたが、納得はいかなかった。本当に優しいなら真剣に話してくれてもいいのに、と思ってしまうからだ。そんな風に過ごしていたら、両親とも仕事から帰ってきた。しばらくして弟も部活からクタクタになって帰ってきた。夕食の時間になりいつも通り箸を並べる係として働き、特に変わらぬ談笑をして過ごした。部屋に戻り好きな漫画を読んでいたが何となく虚しくなってきたので、そろそろ寝ようとしたときに母がドアをノックした。

 

「アキちゃん!トモ君が会いに来たわよー」
「え?トモ君が?すぐいくー」
「なあに、どういう関係なのさー、あとで教えてよねアキちゃん。」
「そういうのじゃないってば!」

 

「こんばんはアキちゃん。」
「どうしたの?トモ君。」
「よかったら、今から少しだけ高台に行かないかい?」
「べ、べつにいいけど。ママいってきていい?」
「もちろんよー、いってらっしゃい!」

 

アキコの母はトモキの母の大学の後輩。アキコとトモキは親も絡んで古い仲なのだ。だから、アキコの母はトモキが進学校で学び、卒業後は絵描きになり絵画展にも出展していることを知っている。それもあってトモキのことを信頼していた。

アキコは、トモキがわざわざ会いに来たことを疑問に思っていた。そこまで頻繁に合う関係ではなかったし、高台に行ったときにたまたま会うことがあるくらいだった。
そんなことを思いながら歩いていると細い道を抜けて開けた高台に着いていた。

 

「どうしたのトモ君、急に。」
「この間は変にごまかしてごめん。思ったことを正直に言えなかったんだ。だから今日しっかり言おうと思って。」
「全然気にしなくていいのに。それに私、漫画家になるの諦めようと思うし。」
「そうなんだ。」
「何よ、そうなんだって。興味ないなら聞かないでよね。」
「そんなことはないよ。あ、アキちゃん。ペーパームーンっていう映画知っているかな?」
「あ、タイトルは知ってるよ。古い映画よね。」
「そうそう、その映画の主題歌の歌詞にこんなのがあるんだ。」

 

そういうとトモキはカバンから額縁に入った絵を取り出してアキコに渡した。絵だけではなくそこには英語の歌詞が書いてあった。

 

「簡単に訳すと、‘紙でできた月でも君が信じてくれたらそれは本物になる‘っていう意味なんだ。」
「素敵な歌詞ね。けどどうしてこれを私に?」
「このまえ正直に言えなかったことを言おうと思って。いいかな?」
「う、うん。あんまり傷つけるようないい方しないでよね。」


「アキちゃん。僕と一緒に絵本を作らないかい?」
「え?」
「アキちゃんの漫画を見させてもらったけど、正直漫画向きではないと思う。けど、とても感動的な物語だとは思うんだ。だからその話に僕が絵をつける。そうして絵本を作ろうよ。」
「え、けど私なんかじゃもったいないよ。トモ君はとっても上手なんだから。」
「そんなことないさ。僕だって絵本製作に携わったことはない。けどね、僕はアキちゃんの作る話が大好きなんだ。どれだけつたなくて、安っぽく見えたとしても僕はその話が世界中の人たちに感動を与えられるって信じてる。だから君の話は本物だよ。」
「そんなこと言われたって私、どうすればいいのかわからないよ。」
「だから僕の絵を信じてくれないかい?僕の絵を信じて、ステキな話を書いてくれないかい?今はまだ僕の絵も君の話も、ノートの端のお絵描きと教室の机の上に書かれた落書きかもしれないけど、お互いが信じ合えた時にきっと本物になるはずなんだ。」
「トモ君ってまじめそうに見えて意外とナルシストだな~。いいよ!一緒に絵本作ろうよ!私はトモ君のこと信じるよ!」

 

その日は雲一つなく、綺麗に星々が見えていた。
夜空の真ん中には、腰かけられそうな形をした月が光っていた。

トモキが描いた絵には、髭とハットが似合う紳士と赤い洋服を着て子供らしくない表情をした女の子が描かれていた。

二人は紙でできた月に腰かけていた。