diary-sentencesのブログ

日々たらたらと小話的な物語的なのを書きます。

第四十二話 キャンドルに火を灯して

「最近あのパン屋の商品は小さくなったよね~」

そんな膨らみのない話が始まったから酔いを冷ますという口実で俺は外へ出た。

都会の田舎に住む叔母の家に家族総出で遊びに来た。といっても母はよく遊びに来ていて、話に出てきていたパン屋の常連らしい。
叔父さんが亡くなって3ヶ月くらい経った。寂しいだろうからと言って月に一度遊びに来る。もとからそんなにウマの合う叔母ではないから何かススマないが、足を運ばないのも後ろめたくなるからそれはしていない。

もう夕方から食事が始まって、叔母たちは出来上がっている。

住宅街の中にポツポツとお店があるこの辺は、ジブリでいったら「耳をすませば」の情景のようで美しくはある。それと似て、歩いていると小さな雑貨屋を見つけた。特に雑貨に興味がある訳では無いが家に戻って聞く話の方が興味はないので、立ち寄ってみた。

「こんばんは、いらっしゃーい。」

白髪に縁の細いメガネ、ちょっとシワの入ったシャツを着たおじさんが追い返すわけでも迎え入れる訳でもないような雰囲気で入店を形式的に歓迎した。

まあ、見渡す限りどこにでもあるような雑貨ばかり。特段アンティークがなんだとか、アノ国のモノだとかそんなことはない。非凡なものは感じない。
けどいい雰囲気ではある。暖かみのある木材と間接照明で創り出された雰囲気には似合わないが、店内ではムーンライトセレナーデが流れている。それもまたミスマッチとは言えず何か味を感じたりする。

とはいえ気になる物も無いし、何も買わないのに長居するのもなので店を出ようとした時、

「お兄さん、ちょっとコレ、見ていかないかい?」

白髪の店主に話しかけられた。

興味無ないが、断る理由もないので

「え、なんですか?」

と興味ありげに聞き返した。
すると店主は嬉しそうに手に持っていた箱を開けた。

ちょうど手のひらサイズの箱を開けると、そこにはキャンドルが入っていた。

なんだ、キャンドルか。使わないよ。

「お兄さん、キャンドルなんか使わないよって思ったでしょ。意外といいもんですよ。ほら。」

見透かされた恥ずかしさを誤魔化す間もなく店長はマッチでキャンドルに火を灯した。

シュッとマッチを擦り、優しくキャンドルの先に近づける。その優しさは元よりも大きく、明るく、そして優しい「キャンドルの灯」に変わった。

ほのかに香る、異国的な香りもまた非日常感を作り出し、その魅力を引き出している。

 

「ほら、どうですか?意外といいもんでしょう?」

 

「は、はい。心が温まりますね。」

 

「そうでしょう。キャンドルは自分に火を灯すだけではなくて、キャンドルを見ている人の心にも優しさの灯や、勇気の灯、共感の灯、ほかにももっと温かいものをくれるんですよ。」

 

ちょっと最後は胡散臭いなと思いながらも、ついつい赤とオレンジのグラデーションカラーを売りにしたキャンドルを買って、店を出た。

 

 

やっと帰ってこられた。

一泊二日でも叔母の家に泊まる時間は無駄に長く感じる。しかしもう夜だ。帰りは道が混んでしまい大変なのだ。

手早く夕食を済ませて、部屋に戻った。

 

そうか、もうすぐクリスマスだな。特に予定もないくせにそんなことを考えていると、

 

「ちゃんと受け皿に乗せていれば、寝た後も心配ないですから。ただちょっともったいないだけです。」

 

という白髪の店主の言葉を思い出した。

 

確かにもったいないけど、つけてみるか。

 

マッチはないから、ライターで現代的に火をつけた。

ライターの人工的な火は、キャンドルに移ると人間味を帯びた。暖房からくるわずかな風に揺られながら周りを明るくしている。優しさも勇気も共感も感じないけれど、何とも言えない温かさを感じた。

ぼーっと見ていると何となく眠たくなってきて横になることにした。やっぱりもったいないからフーッと息で火は消して眠った。

 

夢を見た。一人ぼっちで部屋に閉じ込められている夢。だけど、毎日家族や友人、恋人から手紙が届く。このSNSが発展した時代で、人それぞれの文字を見るだけで心が温まる。内容は俺を励ましてくれるものや、苦労に共感してくれるもの、優しい言葉をくれる物、愛を伝えてくれるもの、良いところをほめてくれるもの、そばにいるからねというもの。何にも苦労しているわけではないけれど、手紙に書かれたどの言葉も俺の心に優しい暖かさをくれた。

 

 

「メリークリスマス。」

 

「ああ、メリークリスマス。親父になってもクリスマスは祝ってしまうものなんだな。」

 

「去年もおんなじこと言ってたわよあなた。今年も素敵なクリスマスになりそうですね。」

 

俺は妻と一緒にクリスマスパーティーの準備をしていた。パーティーといっても親しい友人夫婦を2組招いて、食事会をするだけだ。もう何年も続いている。

 

「だいたい準備は終わったか。」

 

「あ、あなた。大事なもの忘れているわよ。これが一番でしょ。」

 

「お、ほんとだ。すまんすまん。さあ、みんなを待とうか。」

 

「キャンドルに火を灯して。」

 

キャンドルに火を灯して、人にやさしくなった。人を理解しようとすることができた。最愛の人と出会うことができた。良い友人に恵まれた。

 

 

ジブリでいったら「耳をすませば」の住宅街のようなこのあたりの家々は優しい灯りで包まれていた。

 

キャンドルに火を灯して、何となく良い方向に人生が向かっていった一人の男の話。

 

第四十一話 そんな日々

 

電動自転車を買って、押して歩きたい。

 

パーマをかけて、帽子をかぶって過ごしたい。

 

吸えないタバコを買って、ベランダでふかしたい。

 

いつだってくだらない。

 

 

頑張っても、褒められるのは気に入られてる奴だけ。

 

高い服を買っても、スタイルが結局ものをいう。

 

明日は出かけようと思っても、起きれば雨の日。

 

いつだってくだらない。

 

 

仲良くしていたのに、ヒエラルキーの上に行ってしまえばそいつは自分のことを友達だと思ってくれない。

 

虫取りしたっていつかは死んでしまう。

 

いくら愛していたって、離れれば忘れてしまう。

 

いつだってくだらない。

 

 

大学で友人と講義を受けていたら、履修していないはずの彼女が15分遅れてやってくる。

座ってる俺の前に立ち止まり、こう言って泣きながらビンタをする。

「帰ってきてたなら連絡してよ!一年間も留学して、帰ってきても私には連絡してくれない。私会いたかったんだよずっと!」

って言われたい。

それでボソッと「ごめん」と言いたい。

 

いつだってくだらない。

 

くだらないから誰とも一緒に過ごしたくない。

できれば無駄に友達も作りたくない。一人でいたい。

だけど寂しさっていう厄介な感情を持ち合わせているから誰かに依存しようとする。

 

いつだってくだらない。

 

絶対に絶対なんてないよ絶対、それは絶対だから。

 

くだらない。

 

 

「おはよう」が返ってくれば、自分はまだ輪の中に居られてると思ってしまう。

 

くだらない。

 

 

喧嘩する勇気もないのに、いざと言う時のために格闘技を習いたい。

 

誘われる期待値なんてとても低いのに、断るセリフを考えてる。

 

聞きたい音楽なんて今は特に何も無いけど、自分の世界観を持ってるように振る舞いたいからイヤホンをつけたい。

 

苦しいのにそういう文化だからとか言って、平日は毎日ネクタイを締めてる。

 

そんなに疲れていないのに、気分転換とか言ってドライブに行ってまた疲れる。

 

 

いつだってくだらない。

 

そう、くだらない。

 

 

 

 

第四十話 昼下がり

私は日課のようにベランダでタバコを吸っていた。

程よい量の雲が浮かぶ良く晴れた日。煙とともに抱えきれない感情を吐き出していた。

 

合法的に喫煙をするようになってから8年が過ぎた。

故郷を離れてから10年が経つ。四年制大学に身を置いてまた新しい環境に取り巻かれようとしてからだ。

強く志望したわけではないがネームバリューと給料の良さから、自分のやりたいことを妥協して働くようになってから6年。

とはいえ、特段したいことはなく漠然と一人で何かしていきたいと思い続けた4年間だったからすぐに諦めはついた。

黒髪にしてからは5年が経つ。髪を伸ばすようになってからは同じ長さで12年が過ぎた。

前の彼氏と別れてから半年、その前の彼氏と別れてからは2年が経つ。

中学の友人と最後に連絡を取ってから7年、高校の友人とは5年、小学校の友人なんてもう覚えていない。忘れたことにした。

 

今日も美しい休日の昼下がりだななんて考えながら、9階のベランダから行き交う車を見下ろしていた。

 

顔を上げると目の前をハクセキレイが不器用に過ぎていった。

 

あの時もそうだった。

 

高校までは自宅から歩いて15分。朝の散歩には気持ちのいい距離だなと思いつつも、雨の降る日は憂鬱だった。

教室に入れば、スイッチオンだ。自分の中のギアを上げて「おはよう」を友人と交わした。

成績は良かった。一番とは言わないが上位に名前が載ってしまうのは普段事だった。学級委員長も任されていた。特に問題も起こさないし、居眠りはしないように心がけていたから先生からの信頼もあった。その信頼を何となく崩してしまわないように過ごした。だからこそ、すぐに嫌われ者になる要素を抱えていた。

部活には所属していなかった。勉強に励んだ方が有益だろうと思っていた。今でもそう思っているが、クラス内のコミュニティに身を置くという点においては弱者だった。ただ、嫌われてしまっては居心地が悪くなるから周りと仲良くしようとふるまった。

楽しいことはたくさんあった。友人たちと馬鹿をしながら過ごした時間だって今ではいい思い出だ。ただ、卒業してクラスという組織に所属しなくなってから感じるが、自分には適していなかったと思う。ついていきたくない流行や、不届きな笑いが苦手だった。

できれば落ち着いて過ごしていきたかった。という思いと同時に、自分の居場所はそこにあってほしいという願望もあったから後者を優先していた。

 

ベットに入ってたまに考えた。夜はいつだって残酷な私の友達だった。

自分は強い人間じゃないのに。こんなにも周りの目を気にしながら過ごさないといけないなんて。けど、周りの友人もそう思いながら日々奮闘しているのかと思うと仕方ないか。だから友人のことを心から好きになれない。好きになれないし、自分が好かれていないなのもわかる。何も気にせずとも、周りの友人に囲まれて過ごしているように見える人には嫉妬していたし、嫌悪感もある。

自分の思うことを簡単に声には変えられず、感情とは違う表情をすることにも嫌気がさした。けれども、自分は嫌われ者という張り紙を貼られて過ごすほどの度胸はないし、なんとか頑張れているからそれでいいと思うようにした。

自分みたいな人が後から幸せになるんだと根拠はないが思っていた。そう思わないとやっていけないような気がしていた。

 

なんて考えさせるから夜はやっぱり酷い。

 

朝起きてカーテンを開けると、外をハクセキレイが過ぎていった。

 

キミはどんなことを考えながら飛んでいるの?なんてくだらないことを思ってしまった自分が恥ずかしくなってそそくさと支度を始めた。

 

 

連絡は取らなくてもよく思い返す。クラスで人気者のあの子は今どんな風に過ごしているのだろう。大学でも会社でものびのびと過ごしているのかな。高校生の私なら嫉妬していただろうが、今はしない。あの子が本当に余計な考え事なく過ごしていたのなら、きっと私の方が強い人間になっている。

 

なんて考えないとやってられないのだから、やっぱり私は弱い人間なんだと再確認した。

 

大学時代の友人の中には本当に心から好きと思える人もいる。きっとお互いを認め合っているし、何でも伝えられる。けれど、友人は友人であっていつもそばにいるわけではない。

 

運命の人だなんて馬鹿らしいけれど、出会いたいなと馬鹿らしく思う。一人。一人だけでいいからいつだって拍手を送ってくれる人がいつもそばに欲しい。

 

本当に弱いし、寂しい人間だななんて思っていながらまた行き交う車を見下ろした。

 

顔を上げれば世界が変わっているような気がして。

 

またハクセキレイが過ぎていく。

 

美しい昼下がり。

第三十九話 雨は上がったけれど

 

彼女に貸したタオルは、小綺麗な紙袋に入れられて返ってきた。


これを持って下校するのは、少し気恥しいがちょっとした優越感もある。

 

家に着いて気付いたが、手紙も添えられていた。

 


「この間は助かりました。ありがとう。また駅で会ったら話そうね。」


路面電車の駅にびしょ濡れでやってきた彼女にタオルを貸したのがきっかけで、駅で会う度に会話をするようになった。


高校は違うから、普段の生活では会えない。しかし、たまに路面電車の駅で会う。それがちょっとした僕の楽しみになっていた。

 

 


梅雨が明け、カラッとした夏がやって来た。

 


駅で路面電車を待っているだけで汗をかいてしまうほどの暑さ。

彼女も前髪を気にしながら路面電車を待っている。

 


今日は一段と手に汗握る。

 


いわゆるデートのお誘いをしようと決めてきたからだ。

 


路面電車の駅で話せるのはだいたい6分ほど。

路面電車は6分に1度やってくる。

その時間だけでは足りない。話は途切れてしまうけれど、隣にいたいと思ってしまう。

 


迷惑かなと思うから、それを知りたいのもあってのデートのお誘いだ。

 


そう決断してきたのはいいものの、セリフを考えてこなかった。口実がない。

 


そもそも、こうやって毎日駅で話すことにも理由はない。

 


会いたいなら、一緒にいたいなら理由を探さないと。

なんてくさいこと思ったくせに、今日は何も伝えられないまま路面電車に乗ってしまった。

 

 

 

帰宅して落ち込む。こんなに情けないキャラクターではないはずなのに、どんどん滑り落ちて行くような感覚に陥る。しかしこれも悪くない。そう思える。

 

 

部屋に入り、気取って窓から月を眺めてみた。

 

 

 

目を開けていたって彼女の夢を見てしまう。

 


霞んだ月をTシャツで擦って、彼女をもっとハッキリ見たいと思ってしまう。

 


1番光る星を見つけると、彼女を思い浮かべてしまう。

 


胸が痛くて苦しいのは彼女のせいなんだ。

 


今夜もまた眠れない。

 


これが恋なのかどうかなんてことは考えなくても分かる。きっと恋だ。

 

 


あの子に会いたい。


けど理由がなくちゃすぐは会えないから何か考えなきゃ。

 

そうだ。映画に誘おう。あの人気のヤツを見に行こう。駅の大きな広場で夏祭りもあるらしいし誘おう。

 

 

それよりもまた雨が降ってこの間みたいに会えれば、恋だと自分に言い聞かせられるのに。

 

また次に会う理由が増えるのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十八話 春

「じゃあ、そういうことでお願いね。」

 

突然の叔母からの電話の内容は、これまた突然のものだった。やっと冬の厳しい寒さも和らぎ、新しい緑をもうすぐ感じることができそうな日だった。

 

従兄弟がうちに1ヶ月ほど住み込むことになった。高校三年生の女の子。この3月に高校を卒業して、春からは東京に出てきて大学に通うことになったらしい。不動産の関係で3月いっぱいこっちに居ないといけないらしいが、まだ新居はあけ渡されないようで。それで東京に住む俺の家に住まわせてくれということだった。

 

いやいや、いくら従兄弟とは言えど、お年頃の女の子を家に泊めるなんて。とか思いながらも久しぶりにアイに会えることに心を躍らせながら、ホームセンターで布団や毛布を選んだ。

 

俺は部屋を余計に整理整頓して、普段焚かないアロマなんか焚いちゃって、トイレマットを新品に敷き変えた。今日、彼女がやってくる。謎の緊張感と胸のときめきを抱きながら空港に向かう。

 

いつも気にする髪型を更に入念にチェックして、服の小じわを伸ばし待っていると、3年前にあった頃の雰囲気は残しつつも明らかに大人びた彼女が現れた。彼女は俺に気付いていないようだったから、思ったよりもすぐ声にならない言葉を吐き出した。

 

こっちだよ、と声をかけると笑顔になってこっちに顔を向けた。

 

 

3つ上の俺のことを彼女は君付けで呼ぶ。なんとも可愛らしいが、なんかこの歳になって呼ばれるのは恥ずかしい。

 

話が滞るのが気まずかったのでランチでも行くか尋ねると、人が多いのは苦手だから家に向かいたいという。田舎から出てきた子らしいといえばそうだが、おとなしい子なんだろう。

 

というわけで家に向かう電車に乗り込んだ。

車窓から見える高いビルに驚いた顔をしている彼女を見ると、まるで自分の子どもかのように見えてきた。

 

家についた。

うちには割と広いロフトがあるから、そこを彼女の部屋にしてあげることにした。

 

従妹とはいえ年頃の女の子だ。その点十分に配慮していかねばと何度も言い聞かせている。

 

ひとしきり荷物を整理すると、彼女は寝てしまった。朝から乗り物にいくつも乗って疲れたのだろう。そっとしておいて俺は夕飯の買い物に向かった。

 

すべてにおいて考え込む。何を作ればいいのか、何が食べたいのかわからない。尋ねればよかったのだろうが、寝てしまっていたし起きていたとしても何となく尋ね切らなかった気もする。

 

無難にパスタを作ることにした。

 

帰宅するとちょうどロフトから彼女が下りてきた。

 

新鮮な光景だった。恋人はもう一年くらいいない。あまり家に友達を呼びたくないタイプなので、他人が部屋にいるのが珍しい。

 

目をこすりながら彼女は、おかえり、を言ってくれた。

 

何とも言えない感情になった。ただいまといえばいいものを変に考えて、

よく眠れたかい、ときいてしまった。大人ぶって”~かい”なんて。後から自分で思い出して恥ずかしくなった。

 

パスタは好評だった。もとから自炊をしていたので、簡単なものなら作れる。

あんまり外食も好きではないようなので明日もまた何か作ろうと、少し楽しみになった。

 

入念に掃除したお風呂から彼女が上がってきたころにはもう日付が変わるころになっていた。

 

明日は珍しく大学の集まりがあるから朝から活動しないといけない。

彼女はずっと家にいるらしい。また今度でかけようと約束して眠った。

 

冬の寒さが思い出されそうな気温の日だった。大学の集まりは思ったよりも長引いてしまい、夕方を過ぎて帰宅した。玄関の前で、今日の夕飯の買い物をし忘れたことに気がついた。まあいいかといったん帰宅すると、彼女が台所で料理をしていた。

 

今日もまた、おかえり、と言ってくれた。今日もまた、ただいまが言えず。料理してくれてるの?と尋ねると、昨日のお礼ですと言ってくれた。

 

味もおいしい。どうやら知らなかったが、春から食品衛生に関係する大学に行くらしい。料理が好きで、それにかかわる仕事をするためみたいだ。

 

後出しじゃんけんで負けてしまったような気になったが、自分以外の手料理を食べるのは久しぶりで、なんだか心温まった。

 

それからというもの、毎日ご飯を作ってくれる。外食もほとんどしない。思い出せるのは先週、二人で行ったカフェくらいだ。

 

もう彼女が来てから三週間が過ぎようとしている。

 

恋人でもなければ家族でもない。

 

そこに友情というものもなければ、身体が近づく関係もないし、反発しあう関係でもない。

ただ、彼女がもう少しで離れてしまうと考えると、すごく寂しい。毎晩こんなことを考えながら一人で寝ている。彼女は何を思っているのだろうか。寂しいと思ってくれてたらいいな、としか願えない。それを尋ねるのも何か違う。

 

何とももどかしい日々の中で彼女が度々、俺に温かい何かをくれる。それは、彼女の笑顔であったり、声であったり、すねた表情や、机に伏せて眠っている姿だったり。隣を歩く姿だったり、台所に立つ姿だったり。この一か月間で彼女は俺にたくさんの思い出をくれた。

 

もう明日には、彼女はこの家からいなくなってしまう。これからは頻繁に会うのもおかしい話だし、変なことを言って気にさせてもいけない。

俺はただの従兄である、と自分に言い聞かせている。

 

出発の朝になった。引っ越しはもうすでに業者が済ませているみたいで、あとは叔母さんと不動産屋に行くらしい。

 

駅まで見送ることになった。

 

歩いている途中、不意に「さみしいよ」

なんて彼女が言ってくるもんだから俺はなんて言えばいいかわからなくなった。

寂しいなんて口にしていいかわからないから、そうだね、とか、俺もそう思うよ、なんてまたあやふやに言ってしまった。

 

それでも、俺の言葉を聞いて彼女は目に涙を浮かべていた。拭ってやることもできないし、抱きしめることもできない。本当はこんな雰囲気で話していたかったけど、あんまり湿っぽくならないように会話をそらした。

 

駅に着いた。彼女はもう電車に乗り込もうとしている。彼女が別れの言葉を投げかけてくるから、今までありがとうというつもりが出てきた言葉は、じゃあね、だった。

 

俺らしいなと開き直り、家に向かって歩き出した。

 

桜並木には、ぽつぽつと桜が咲きだしていた。

やっと小さな春がやってきた。

 

彼女に対するきっと恋に近いこの感情の答えを、知りたいけど知りたくない。

 

ただ

俺の心に、小さな陽が差した時間だった。

 

 

 

 

第三十七話 スターズ

煙草

 

「あ、あの煙草一本もらえる?」

「あ、すみません。僕もさっき他の人からいただいたものでして・・・手持ちはないです。」

「なんだこのガキ!ニコチン依存者め!!!」

何だあの親父。ただ俺は煙草をあげたくないから嘘ついただけなのに。

 

門限

 

よく行くバーの帰り道。道路の向こうに車が止まってそこから急いで若い女の子が降りてくるもんだから、彼氏の家にでもいて門限ギリギリなのかなと思った。

その女の子は道路の向こうにある銀行の駐輪場に停めてあった自転車のカギをポッケからだし自転車を押して車に向かった。

ああ、ただ置き去りにしていた自転車を親と取りに来ただけか。

 

サングラス

 

服屋でサングラスを買った。2,980円。定職につかないオレからすれば大きな出費だ。最近はカンカン照りの日が続き、ママチャリに乗っていても前が見ずらい。

次の日、サングラスをかけてママチャリに乗ってハローワークに向かった。やっとのことで仕事を見つけることができた。

次の日から、自宅で封筒にチラシを入れ込む仕事を始めた。

 

監視

 

従業員がしっかり働いているかを監視する仕事の者がいた。監視役の監視をする上の役職の者がいた。上の役職の者は社長から監視されている。社長は株主から監視されている。

人間を監視する神様がいた。神様は一人では足りないので複数いた。しかし怠けて仕事をしない神様も出てくるものだから、神様を監視する神様もいた。

誰だって周りの目を気にせずにはいられない。

 

朝ごはん

 

休みの日は昼前に起きて最寄りのコンビニに行きおにぎりを買って食べた。

平日は家を出るぎりぎりまで寝ていた。

冬になって俺は毎朝、自宅でご飯を食べるようになった。

起きる頃には台所から心地よい音がする。

そっちの方が高くつくのに、そっちの方が幸せだ。

 

エンドロール

 

僕らは立ち止まることなんてないさ。誰かにひかれたレールの上を進みたくない。

誰だって物語の主人公で、自分の進む道を進んでいるんだ。あの映画みたいに。

僕らの人生は物語だ。それぞれのストーリーがある。誰かの真似をしなくていい。

映画だって物語だって、人が考えたものなのに。

 

第三十六話 輪

私はこの春に何とか志望する大学に入学することができた。

大学に入学したと同時に新しいことを始めようと思い、寝る前に日記をつけることにした。大体書き始めは気候や季節のことを書いてしまう癖があることに気づいた。

 

外に出るだけで嫌になるような暑さはもう過ぎた頃。

 

私は悩んでいた。

自分のキャラクターが分からなくなってしまった。

あ、病んでいるわけではない。

ただ、自分の所属するいくつかのコミュニティにおいての、私の立ち位置や振る舞い方がわからなくなってしまった。

 

まずはいつもともに講義を受ける友人たちとのコミュニティ。大抵、私含め4人で行動することが多い。このコミュニティにおいての悩みの規模はかなり小さい。というよりもほぼない。私はもとより、本当に気の合う人や、同じ世界観やセンスをもっている人としか友人関係というコミュニティを作らない。せっかく友人といるのに無駄な気を使ったり、自分に嘘をついてまでふるまうなんて考えられないからだ。特に余計なストレスを感じることなく過ごしている。

 

次は、サークルというコミュニティ。私は写真サークルに入っている。大学に入ったと同時に何か新しいこと始めようという意識から、カメラを選んだ。思ったよりも熱中していて楽しい時間を過ごしている。

しかし、悩みが一つ。このサークルは規模が小さく、二年生の先輩が3人。同級生が3人という規模の小ささ。ここでで厄介なことが一つ。このサークルでは規模が小さいことから各学年一人ずつの幹事を選任しなければならない。二年生の幹事は、情熱的でこのサークルをもっと大きくしていくぞと意気込んでいる先輩。しかし周りの学生からの熱い支持を得ているわけではなく、一人で突っ走っているような状態だ。悪いとは思わない。実際にその先輩がいるからこそ豊富なイベントが用意されるし、他大学との交流も多い。

しかし問題がある。それは私が一年生の幹事になってしまったことだ。幹事になること自体に嫌悪感はない。高校の頃は学級委員を毎年していたし、所属していた部活でも三年生の時には部長をしていた。ただ、私の幹事、いわゆるリーダーとしての立ち振る舞い方は先輩幹事のそれとは違う。だからこそ、自分がどこまで関与していいのかもわからないし、どこまでなら周りの学生と同じような意識で活動していいか分からない。

 

最後は、ゼミというものだ。一年生の後期からゼミというものに所属することになる。運よく私は何かしらのリーダーにも、係長にも選ばれていない。しかし、悩みはある。自分の存在の仕方が分からない。大人しく影薄く過ごしてほしいとリーダーたちから思われているのか、もう少しかかわってきてよと思われているのか、もしくは数でいえばマイノリティの各リーダーの意見とは対極になるような思想を、マジョリティのゼミ生たちが持っているのではないかと思うと、アクションするのが少し怖い。きっと私だけではなく、誰しもがコミュニティにおいて嫌われることや厄介者とされることを恐れている。だからなかなか皆何も行動しない。それによってなんとも仲良く見えて、実は何とも言えない空気感が流れ続けている。

 

サークルとゼミのコミュニティにおいて共通しての悩みは、充実したコミュニティ形成を急ぐかどうか。きっと人間関係だから、突拍子もなく炎上するし、冷めるし、細分化される。けどそれを待っていていいのか。待たずに行動してみれば衝突することはあっても、待って成ったコミュニティよりも充実したものになるんじゃないか。しかし私がそのアクションを起こすべきなのかと悩んでいる。何も分からないから悩んでいるわけではなく、もう周りのみんなのことは大体わかったからこその悩みだ。

ただ、自分はみんなのことを分かっているけど、私がどう思われているかどうかは分からない。だからアクション出来ない。しかも、気の合うメンバーだからこのコミュニティに属しているわけではないってところも厄介だ。

けどきっと私ってそういうアクションを起こすべき人なんだよなーと思っている。はあ、誰かがしてくれないかな。

 

ああ、明日は朝からゼミのある日じゃないか。

 

何かこんな日記を書いていたら、頭を使ってしまった。早く寝よう。

 

お、結構ぎりぎりの時間に起きてしまった。急ごう。

 

「じゃあ、今日のゼミは終わります。来週までにしっかり課題出せよー。」

 

 

「ちょっと皆ー!」

 

せっかく先生が早めにゼミを終わらせたのに、私は皆を呼び止めてしまった。

 

「もっとお互いのことを知るために今日の夜、良かったらみんなで飲みにいかない??」

 

教室がざわついた。あ、いい意味でだ。いいね、とか、行きたいという声が聞こえた。

 

「こら、お前らまだ19歳がほとんどだろ。ノンアルにしろよ。」

 

『あははは』

ゼミの先生の一声で教室の雰囲気はさらに明るくなった。

 

今日の夜でちょっとは前に進めたらいいな。