diary-sentencesのブログ

日々たらたらと小話的な物語的なのを書きます。

第四十二話 キャンドルに火を灯して

「最近あのパン屋の商品は小さくなったよね~」

そんな膨らみのない話が始まったから酔いを冷ますという口実で俺は外へ出た。

都会の田舎に住む叔母の家に家族総出で遊びに来た。といっても母はよく遊びに来ていて、話に出てきていたパン屋の常連らしい。
叔父さんが亡くなって3ヶ月くらい経った。寂しいだろうからと言って月に一度遊びに来る。もとからそんなにウマの合う叔母ではないから何かススマないが、足を運ばないのも後ろめたくなるからそれはしていない。

もう夕方から食事が始まって、叔母たちは出来上がっている。

住宅街の中にポツポツとお店があるこの辺は、ジブリでいったら「耳をすませば」の情景のようで美しくはある。それと似て、歩いていると小さな雑貨屋を見つけた。特に雑貨に興味がある訳では無いが家に戻って聞く話の方が興味はないので、立ち寄ってみた。

「こんばんは、いらっしゃーい。」

白髪に縁の細いメガネ、ちょっとシワの入ったシャツを着たおじさんが追い返すわけでも迎え入れる訳でもないような雰囲気で入店を形式的に歓迎した。

まあ、見渡す限りどこにでもあるような雑貨ばかり。特段アンティークがなんだとか、アノ国のモノだとかそんなことはない。非凡なものは感じない。
けどいい雰囲気ではある。暖かみのある木材と間接照明で創り出された雰囲気には似合わないが、店内ではムーンライトセレナーデが流れている。それもまたミスマッチとは言えず何か味を感じたりする。

とはいえ気になる物も無いし、何も買わないのに長居するのもなので店を出ようとした時、

「お兄さん、ちょっとコレ、見ていかないかい?」

白髪の店主に話しかけられた。

興味無ないが、断る理由もないので

「え、なんですか?」

と興味ありげに聞き返した。
すると店主は嬉しそうに手に持っていた箱を開けた。

ちょうど手のひらサイズの箱を開けると、そこにはキャンドルが入っていた。

なんだ、キャンドルか。使わないよ。

「お兄さん、キャンドルなんか使わないよって思ったでしょ。意外といいもんですよ。ほら。」

見透かされた恥ずかしさを誤魔化す間もなく店長はマッチでキャンドルに火を灯した。

シュッとマッチを擦り、優しくキャンドルの先に近づける。その優しさは元よりも大きく、明るく、そして優しい「キャンドルの灯」に変わった。

ほのかに香る、異国的な香りもまた非日常感を作り出し、その魅力を引き出している。

 

「ほら、どうですか?意外といいもんでしょう?」

 

「は、はい。心が温まりますね。」

 

「そうでしょう。キャンドルは自分に火を灯すだけではなくて、キャンドルを見ている人の心にも優しさの灯や、勇気の灯、共感の灯、ほかにももっと温かいものをくれるんですよ。」

 

ちょっと最後は胡散臭いなと思いながらも、ついつい赤とオレンジのグラデーションカラーを売りにしたキャンドルを買って、店を出た。

 

 

やっと帰ってこられた。

一泊二日でも叔母の家に泊まる時間は無駄に長く感じる。しかしもう夜だ。帰りは道が混んでしまい大変なのだ。

手早く夕食を済ませて、部屋に戻った。

 

そうか、もうすぐクリスマスだな。特に予定もないくせにそんなことを考えていると、

 

「ちゃんと受け皿に乗せていれば、寝た後も心配ないですから。ただちょっともったいないだけです。」

 

という白髪の店主の言葉を思い出した。

 

確かにもったいないけど、つけてみるか。

 

マッチはないから、ライターで現代的に火をつけた。

ライターの人工的な火は、キャンドルに移ると人間味を帯びた。暖房からくるわずかな風に揺られながら周りを明るくしている。優しさも勇気も共感も感じないけれど、何とも言えない温かさを感じた。

ぼーっと見ていると何となく眠たくなってきて横になることにした。やっぱりもったいないからフーッと息で火は消して眠った。

 

夢を見た。一人ぼっちで部屋に閉じ込められている夢。だけど、毎日家族や友人、恋人から手紙が届く。このSNSが発展した時代で、人それぞれの文字を見るだけで心が温まる。内容は俺を励ましてくれるものや、苦労に共感してくれるもの、優しい言葉をくれる物、愛を伝えてくれるもの、良いところをほめてくれるもの、そばにいるからねというもの。何にも苦労しているわけではないけれど、手紙に書かれたどの言葉も俺の心に優しい暖かさをくれた。

 

 

「メリークリスマス。」

 

「ああ、メリークリスマス。親父になってもクリスマスは祝ってしまうものなんだな。」

 

「去年もおんなじこと言ってたわよあなた。今年も素敵なクリスマスになりそうですね。」

 

俺は妻と一緒にクリスマスパーティーの準備をしていた。パーティーといっても親しい友人夫婦を2組招いて、食事会をするだけだ。もう何年も続いている。

 

「だいたい準備は終わったか。」

 

「あ、あなた。大事なもの忘れているわよ。これが一番でしょ。」

 

「お、ほんとだ。すまんすまん。さあ、みんなを待とうか。」

 

「キャンドルに火を灯して。」

 

キャンドルに火を灯して、人にやさしくなった。人を理解しようとすることができた。最愛の人と出会うことができた。良い友人に恵まれた。

 

 

ジブリでいったら「耳をすませば」の住宅街のようなこのあたりの家々は優しい灯りで包まれていた。

 

キャンドルに火を灯して、何となく良い方向に人生が向かっていった一人の男の話。