第四十話 昼下がり
私は日課のようにベランダでタバコを吸っていた。
程よい量の雲が浮かぶ良く晴れた日。煙とともに抱えきれない感情を吐き出していた。
合法的に喫煙をするようになってから8年が過ぎた。
故郷を離れてから10年が経つ。四年制大学に身を置いてまた新しい環境に取り巻かれようとしてからだ。
強く志望したわけではないがネームバリューと給料の良さから、自分のやりたいことを妥協して働くようになってから6年。
とはいえ、特段したいことはなく漠然と一人で何かしていきたいと思い続けた4年間だったからすぐに諦めはついた。
黒髪にしてからは5年が経つ。髪を伸ばすようになってからは同じ長さで12年が過ぎた。
前の彼氏と別れてから半年、その前の彼氏と別れてからは2年が経つ。
中学の友人と最後に連絡を取ってから7年、高校の友人とは5年、小学校の友人なんてもう覚えていない。忘れたことにした。
今日も美しい休日の昼下がりだななんて考えながら、9階のベランダから行き交う車を見下ろしていた。
顔を上げると目の前をハクセキレイが不器用に過ぎていった。
あの時もそうだった。
高校までは自宅から歩いて15分。朝の散歩には気持ちのいい距離だなと思いつつも、雨の降る日は憂鬱だった。
教室に入れば、スイッチオンだ。自分の中のギアを上げて「おはよう」を友人と交わした。
成績は良かった。一番とは言わないが上位に名前が載ってしまうのは普段事だった。学級委員長も任されていた。特に問題も起こさないし、居眠りはしないように心がけていたから先生からの信頼もあった。その信頼を何となく崩してしまわないように過ごした。だからこそ、すぐに嫌われ者になる要素を抱えていた。
部活には所属していなかった。勉強に励んだ方が有益だろうと思っていた。今でもそう思っているが、クラス内のコミュニティに身を置くという点においては弱者だった。ただ、嫌われてしまっては居心地が悪くなるから周りと仲良くしようとふるまった。
楽しいことはたくさんあった。友人たちと馬鹿をしながら過ごした時間だって今ではいい思い出だ。ただ、卒業してクラスという組織に所属しなくなってから感じるが、自分には適していなかったと思う。ついていきたくない流行や、不届きな笑いが苦手だった。
できれば落ち着いて過ごしていきたかった。という思いと同時に、自分の居場所はそこにあってほしいという願望もあったから後者を優先していた。
ベットに入ってたまに考えた。夜はいつだって残酷な私の友達だった。
自分は強い人間じゃないのに。こんなにも周りの目を気にしながら過ごさないといけないなんて。けど、周りの友人もそう思いながら日々奮闘しているのかと思うと仕方ないか。だから友人のことを心から好きになれない。好きになれないし、自分が好かれていないなのもわかる。何も気にせずとも、周りの友人に囲まれて過ごしているように見える人には嫉妬していたし、嫌悪感もある。
自分の思うことを簡単に声には変えられず、感情とは違う表情をすることにも嫌気がさした。けれども、自分は嫌われ者という張り紙を貼られて過ごすほどの度胸はないし、なんとか頑張れているからそれでいいと思うようにした。
自分みたいな人が後から幸せになるんだと根拠はないが思っていた。そう思わないとやっていけないような気がしていた。
なんて考えさせるから夜はやっぱり酷い。
朝起きてカーテンを開けると、外をハクセキレイが過ぎていった。
キミはどんなことを考えながら飛んでいるの?なんてくだらないことを思ってしまった自分が恥ずかしくなってそそくさと支度を始めた。
連絡は取らなくてもよく思い返す。クラスで人気者のあの子は今どんな風に過ごしているのだろう。大学でも会社でものびのびと過ごしているのかな。高校生の私なら嫉妬していただろうが、今はしない。あの子が本当に余計な考え事なく過ごしていたのなら、きっと私の方が強い人間になっている。
なんて考えないとやってられないのだから、やっぱり私は弱い人間なんだと再確認した。
大学時代の友人の中には本当に心から好きと思える人もいる。きっとお互いを認め合っているし、何でも伝えられる。けれど、友人は友人であっていつもそばにいるわけではない。
運命の人だなんて馬鹿らしいけれど、出会いたいなと馬鹿らしく思う。一人。一人だけでいいからいつだって拍手を送ってくれる人がいつもそばに欲しい。
本当に弱いし、寂しい人間だななんて思っていながらまた行き交う車を見下ろした。
顔を上げれば世界が変わっているような気がして。
またハクセキレイが過ぎていく。
美しい昼下がり。