diary-sentencesのブログ

日々たらたらと小話的な物語的なのを書きます。

第一話 たばこ

そもそも束子(たばこ)が俺にアレを渡したのが良くなかった。綺麗であって欲しかった。

 

束子は初恋の相手だ。束子とは、古びた地元の商店街の靴屋で出会った。靴屋に来るまでに同じルートを来ていたらしい。お互いに、商店街で唯一賑わっているパン屋のあんぱんを買って帰ろうとしたようだ。しかし閉店していたのだ。閉店というのは、営業時間外なわけではなく、営業を辞めた方の閉店だ。中にはパン屋のおじちゃんと、よくパン屋で見かける女の子が居たが、閉店したらしい。落胆した俺たちは互いに靴屋に寄ったらしい。靴屋まではもちろん別行動。地元は同じなのに、顔も名前も知らなかった。目当てのあんぱんを手に入れられず、家路につくまえに靴屋になんとなく寄ったのだ。

その時に出会ったのが束子。束子は綺麗だった。ナイキのスニーカーが展示してある段の下に展示されている、ノーブランドの白スニーカーを手に取ろうとした時に、俺のリュックのヒモが切れてリュックが床に落ちた。それを無視してノーブランドの白スニーカーを手に取り、レジに向かい、会計を済ませ外に出たのが束子だ。綺麗だ。麗しい。

リュックを拾って、ノーブランドの白スニーカーの在庫を確認したが、無かった。最後の1足だったのだ。それを購入したのが束子。綺麗だ。

あんぱんも、ほしい靴も買えず、途方に暮れ靴屋を出た。すると目の前に人影が。なんと束子だ。俺にノーブランドの白スニーカーを渡してきた。「好きです」の言葉を添えて。綺麗じゃない。スマートじゃない。落胆した。俺の束子に対するイメージが壊れた。需要がない。

束子は俺と同じ高校のマコトと結婚したらしい。今では母親になったようだ。同窓会で噂を聞いた。

束子の名前を知ったのは実は最近だ。ヤクルトの配達員のおばちゃんとして家にやってきたのがきっかけだ。束子は俺のことを覚えてなかった。綺麗だ。

束子から受け取ったヤクルトの領収書に束子と書いてあった。普通こういうところのサインは、苗字を書くのではないのか。綺麗だ。美しい。

苗字はなんて言うんだ。それは今でも分からない。

束子はヤクルトの配達員を辞めたようだ。もう2ヶ月間、違う配達員が来る。しかし、実は今度、今住んでいるアパートの前に家が建つのだが、そこに束子が住むようだ。束子が大工さんにお茶の差し入れを2日に一度しに来てるのだ。だからきっと束子の家族が住む。そこはヤクルトじゃないのか。綺麗だ。潔い。

束子の旦那は良い給料をもらっているのだろう。この年で一軒家を建てるなんて。


俺は引っ越すことにした。束子には綺麗であって欲しいからだ。表札を見たくない。その一心だ。苗字を知ったら、綺麗ではなくなってしまいそうなのだ。束子にはズレた存在であってほしい。

 

束子は最近YouTuberになった。水晶ではなく、液晶テレビを使った占いが流行りのきっかけになったらしい。綺麗だ。

しかも筆談でしか会話しない。綺麗だ。

しかし、本名でチャンネル登録をしている。

束子のフルネームは、藤沢束子。

 

すまん。綺麗だ。