第十一話 ワイン酒場
駅前に新しくできた居酒屋は評判がいい。居酒屋だが、500円でおいしいワインが飲めると話題だ。店自体はそこまで大きくなく、カウンターが5席、テーブル席が4つだ。店主の親父はとても人柄がよい。陽気でいつもお客たちに元気を与えている。身長が高くて、顎髭を生やし、白シャツを胸元まで開けて、黒のハットをかぶっている。胡散臭いがその風貌がとても似合う。
店の開店時間は20:00.少し遅い。大体一杯ひっかけた客がやってくる。今日もオープンと同時にほぼ満席だ。
「いらっしゃいませ。当店はワインをメインに出しています。古いイタリアの友人のつてでかなり安く仕入れていますので、皆さんのご存じのあのワインもすべて一杯500円で提供しています。」
アルバイトは雇っていないのがこの店の特徴だ。店主の親父の嫁が大抵は注文を取って、娘が酒を注ぐ。息子はつまみを用意するのだ。親父はお客とのコミュニケーションを大切にしている。
「一杯目、赤か白か、泡かどうかを教えていただければ後はこちらで美味しいワインとつまみを用意します。どうされますか?」
「じゃあ、赤と、できればチーズ類を。」
「かしこまりました。」
お客との最初の会話は親父が担当するのがこの店の決まりだ。
「ほんとにおいしいワインが出てくるのか?安すぎるし、ちょっとうさん臭くないか?あの親父。」
会社帰りに同僚と餃子屋に行ってからここに来た、ササノは本音をこぼしてしまう。
「まずかったら話題にはならないだろきっと。まあ出てくるの待とうぜ。」
同僚のタカギがなだめる。
「お客様お待たせしました。とびっきりの赤ワインとチーズの盛り合わせですね。」
「ありがとうございます。じゃあ、、乾杯」
「美味しい。何のえぐみも無くすっきりした味なのに、芳醇な香りが残る。」
「ほら!やっぱり!美味しいじゃないか!これが500円だぜ。もっと飲もう」
完全にササノとタカギは虜になった。ワインというとそこまでアルコール度数は低くないのにも関わらず、ついつい美味しさで進んでしまう。そこに親父がすかさずやってくる。
「お客様、お味いかがですか?」
「信じられない美味しいさですよ!こんなに安いなんて、、、」
「僕がイタリアに15年間修業をしに行ってた時にできた友人が今でもよくしてくれるんです。まだまだ美味しいワインはたくさんありますよ。さあ、つぎも赤でよろしかったですか?」
「はい!お願いします。」
ササノとタカギは少し陽気になってきた。
「はい、こちら先ほどとは違う赤ワインとですね。」
「ありがとうございます!乾杯!」
「これは!美味しい!さっきと違って心地よい渋みがある。そして舌の奥のほうを刺激する旨味が広がる。」
「評論家かよ!しかしそこまで言ってしまうのも分かるな。美味しい。しかも500円だし、普通よりグラスが大きくないか?なんて良心的な店なんだ。」
そう。この店は普通よりも大きいワイングラスにたっぷりワインを注いでいる。それもあって二人ともイイ感じに酔っぱらってきている。そこにすかさず親父が来る。
「お客様、次は生ハムにぴったりの赤ワインにしませんか?とてもいいのがあるんです。」
「生ハムか!いいな!それをお願いします。」
こんな感じでほかのお客たちもどんどん注文していく。ワインを注ぐ娘も、つまみを用意する息子も忙しそうだが、それを見せないように店の作業スペースは見えなくなっている。
「もうオレたち何杯飲んだんだろうな、アハハ」
「何杯でもいいさ~、そんなに高くないし~」
もう二人はべろべろだ。そろそろ店を出ようとしている。そこにすかさず親父がやってきて
「最後にジェラートはいかがですか?さっぱりしたフローズンなんですが。」
「じゃあそれまでくださ~い」
「かしこまりました。」
何とかまとめた荷物をもう一度椅子にばらまきササノとタカギはグラスに残っていたワインを飲み干す。
「お待たせしました。イタリアンサイダー味のフローズンですね。」
「ありがとうございます!」
「んっ。美味しい!すばらしい」
ジェラートをペロッと食べた二人はレジに向かう。
「お会計、12500円と消費税で13500円になります。」
「お?結構いったな~。」
「美味しかったからいいじゃないか!」
「もちろんさ!ぴったりです!」
お釣りがないように必死に小銭をかき集めて会計をすまし二人は店を出た。
「ありがとうございましたー!」
店は閉店の時間になった。親父は酒屋に明日の発注をする。
「一番安い赤ワインと白ワインを8本ずつお願いします。」
「かしこまりました。」
「あ、あとはワインを薄めるためのミネラルウォーターもお願いします。」
「相変わらず親父さん悪いね~」
「いやいや~。高いワインがあるって客に紹介するのは一杯目までですから。それ以降は客なんて酔っぱらって味なんかわからないんだから、安いワインをさらに薄めたって大丈夫なんですよ。」
「悪いね~」
「あ、あとガリガリ君も買ってきてくれ」
やはり、世の中には裏があるものなのだ。