diary-sentencesのブログ

日々たらたらと小話的な物語的なのを書きます。

第九話 続く

 

安売りしているペットボトルのお茶も意外とおいしいと思ったのは間違いだった。エアコンの無いこの6畳一間に暮らしている俺が、真夏の昼過ぎに起きて飲んだそれは茶葉ではなくて段ボールから淹れたんじゃないかという味だった。大切なのは温度なのだろうと少し思考しただけで頭痛がする。これは確実に二日酔いだ。昨日は金曜日ということで、同僚と夜の街へ繰り出した。羽目を外しすぎたのだろう。どのタイミングかは覚えていないが、タクシー内での見知らぬ女との身の無い会話までは覚えている。その後のことはさっぱり。事実俺は今自宅に居るので良いとしよう。

 

今日は土曜で仕事もないからまた寝なおそうとしたが用事を思い出した。俺の兄の娘が通ってる幼稚園でお遊戯会をするらしい。姪っ子は俺のことを何故か好んでいるから、ぜひ顔を出してくれと兄貴に言われたんだった。14:00からだったし、幼稚園も近いからバタバタ準備しなくても間に合う。はあ、前日の予定も考慮して当日の予定は入れ込むべきだなと反省して、ひどくおいしくないお茶を再度飲み支度を始めた。

 

10分前か。俺にしては優秀だな。余裕があるからゆっくり準備していたら割と焦らないといけなくなってしまい、コンタクトをつけ忘れてしまった。俺はかなり視力が悪いからコンタクトがないと不便だ。会話するには近すぎるような距離になってやっと相手の顔を認識できる。こんなんじゃ、姪っ子のお遊戯もよく見れないじゃないか。途中で抜け出して甘いものでも差し入れに買ってこようかな。

 

遠くから誰か近づいてくる。女性ということは分かったから多分義理の姉だろう。兄貴とは非常に仲が良くて、口論などしたことがないと二人で口をそろえて言うが、口裏を合わせているだけではないかと思っている。そんなことを考えていたら女性が俺の前に止まった。義理の姉はいつも俺のことをシンジ君と呼んでくる。まあ選択肢的に君付けで呼ぶのが無難なのだろうがなんともしっくりこない。

 

「前田さん?」

 

ん?前田さん?聞きなれないが聞き覚えのある声。しかも距離感のある呼び方。誰だ。

 

「なにされてるんですか?」

 

この女、こっちは何も答えていないのに話を進めてくる。誰の声だ、思い出せ。

「昨日はありがとうございました。」

 

え?昨日?というと飲み会にいた女性なのか?しかし同僚は男だけだし、おかしい。

 

「タクシー相乗りさせていただいたのに、お金まですみませんでした。」

 

ああ、なるほど。俺は何軒回ったかわからない飲み会の帰り、タクシーで帰る際にその場に居合わせた誰かもわからない女性を、方向が同じだからという理由で相乗りさせお金も俺が出したということか。酔っぱらったほうが俺は紳士になれるんじゃないか?いや今はそんなことはどうでもよい。返答せねば。

 

「ああ、全然お気になさらず。僕も酔っていて記憶があいまいですので。あはは」

「そうだったんですね、あまりそうは見えなかったものですから。じゃあ改めてですが私、ナツコです。」

「ナツコさんですね。覚えました。」

といいながら顔もはっきり見えないからとりあえずこの場から逃げ出したい。

「それじゃあ僕は、、、」

「もしかしてウチのお遊戯会を観に来られたんですか?」

 

ん?ウチのってことはナツコさんは幼稚園教諭なのか?それはちょっとイイな。もしかして俺、イイ人を乗っけてあげたんじゃないか?

 

「そ、そうです。姪っ子が出るんです。ナツコさんもしかして、幼稚園の先生なんですか?」

「ってことは前田さんだから、リノちゃん?私リノちゃんのクラスの担当なんです!」

 

こ、これは運命。まさかリノの先生だったなんて。まず顔を認識しなければ。コンタクトが欲しい。そうだ、甘いものを買いに行くんじゃなくて家にコンタクトを取りに帰ろう。そうしよう。

 

「そうなんですか!今日は楽しみですね!とりあえず兄貴たちと合流しますのでまた後で!」

「はいっ!」

 

「シンジ遅かったじゃないか」

「ごめんごめん、知り合いに会って話してた」

「こんなとこで知り合いに?まあいいや、リノはヒロイン役だからな!」

「そんな大役なのか。じゃあ早めにコンタクトを取りにいかないと」

「は?お前コンタクト付け忘れてきたのか?早くとってこい!!」

「おう、行ってくる!」

 

兄貴ありがとう。これでナツコさんの顔がわかるぜ。急ごう!

胸の高鳴りとともに道を走るなんて何年ぶりだろうか。さあそこの角を曲がれば俺の住むボロアパートだ!

 

ドンッ。

 

人にぶつかってしまった。

 

「大丈夫ですか!?すみません」

「大丈夫ですよ、こちらこそ前見てなくて。

あれ?前田さん?昨日はタクシーありがとうございました!」

「え?」

 

え????

 

続く