diary-sentencesのブログ

日々たらたらと小話的な物語的なのを書きます。

第二十二話 恋

迷い込んだ子猫のように俺はそこに座っていた。

まあ、意図して俺はそこに居たわけだが雰囲気になかなか馴染めなていないと自負していた。しかし思っていたよりも馴染めているのか俺の影が薄いのか、常連やマスターはこちらを気にせず会話を続けている。

 

川沿いを歩き、住宅街に入る。ひときわ豪華な一軒家を曲がったところに気になるカフェがある。散歩をしているときに見つけた。そこに足を運んだ。

店内はブラームスが脇役的に流れており、主役はカフェのマスターと常連と思われる客たちの会話だ。

しかしその会話は耳障りではなく、店内の古びれた内装とタバコくさいにおいにマッチしていた。

本を持ってきたわけでも、聞きたい音楽があるわけでも、しなければいけない仕事があるわけでもない俺はアメリカーノをすすりながらその会話に耳を傾けた。

 

マスターに「はっちゃん」と呼ばれる中年女性が何やら恋愛の話をしていた。

 

「彼が何を考えているかわからないの。私はできることをこれだけして彼を支えているつもりなのに。」

 

はっちゃんに「前田」と呼ばれる中年男性は

「はっちゃんはよくやってるよ。これ以上は彼次第じゃない?」

と答える。

 

「そうなのかもしれないけど、彼が本当に求めていることがわからないの。」

「けどそれで喧嘩したりするわけではないいんだろ?」

「口論になることはないけど、本当に私はこれでいいのかなって。何をしてあげればいいのかなって。」

「確かに言ってもらわなきゃわからないことだってあるよな。おれだったら伝えるし」

「ねえマスターはどう思う?」

「え?私ですか?私なんてお二人の話に混ざれるほどの器ではありませんよ」

 

と白髪で白シャツが似合うマスターが答える。

 

「そんなこと言わないでさ、私に何かアドバイスしてよ。」

「そう言われてしまうと私も何か言わなければなりませんね。あはは。」

「マスターははっちゃんの彼のことどう思う?この恋愛どう思う?」

「彼のことはよく知りませんので何とも言えませんが、お二人の理想の愛ってどうお考えですか?」

「え?愛?そうだな、お互いのことが理解できる関係かなあ。」

「確かにおれもそうそう思うかな。あとは居心地が良いとか。」

「そうですね。それもとても素敵な愛の形かと思います。」

 

カップを拭きあげていたマスターは一呼吸おいて棚へそれを戻すとこう続けた。

 

「私は、説明しない愛が理想、だと思います。」

 

「それって素敵ね。けど、しっくりこないわ。どういうこと?」

 

「今夜も相手のことを思い浮かべるけど、相手のことは何も知らないから何も語れない。それが一番純粋で、自然。明日の夜も相手のことを考えるだろうけど自分は何も知らない。これが愛の理想です。」

 

 

 

はっちゃんも前田さんも言葉に詰まっていたが、その時の俺には何か届くものがあった。

 

思いを寄せている女性の顔が浮かんだ。

考えてもどうしようもないから背伸びしてブラックを保っているコーヒーをすするが

彼女の顔は頭から消えない。

今夜も君を思い出すだろう、まだ名前も知らない。