diary-sentencesのブログ

日々たらたらと小話的な物語的なのを書きます。

第二十五話 支配

当時まだ妖怪というものが認知されなかった頃の話。

正確にいえば、今でいう妖怪が人間と共存していたころの話。

 

川に洗濯をしに行けば水中では河童が泳いでおり、岩山のふもとには赤鬼たちが住んでいた時代。お互いに危害を加えることはなく平然と過ごしていた。そんなある日、そのような生活に疑問を抱くものが現れた。F博士だ。こんなにも容姿の違う生命体がこの地球上に人間と共存していてよいものか。もちろん、動物や虫もこの地球には存在しているがここまで存在感はない。動物や虫に対しては人間のほうが確実に優位に立っている。しかし河童や鬼に対しては違う。河童や鬼は政治にこそは参加しなくとも、人間観の生活に意見してくることはしばしば。そして人間たちも彼らのことを人間と同じくらいの位置づけをして見ている。それでよいのだろうか。という疑問を持ったのがF博士だ。

F博士は研究員に対して、給料を上げてやるから河童を一匹捕まえてこいと命じる。研究員は断った。人間と彼らが共存している頃は、お互いの生活を侵害することはご法度であった。いたずら半分で河童の子供をつかまえた人間が、その親を含む河童の群れに連れ去られ、焼き殺された事例もある。だから研究員はF博士の依頼を断った。すると博士はそれができないのならお前を首にするといった。さらに加えて、もちろんただ捕まえてこいと言っているわけではない。お前が無事に帰ってこれる策も用意している。というものだから研究員はその以来をしぶしぶ受けることにした。

F博士の策はこうだ。近年彼らは湿った場所を好むことが分かった。なぜなら皮膚や皿が乾いてしまうからだ。そこでF博士は彼らの群れの近くで大きな焚火をすることを命じる。そうすることで彼らは熱と乾燥を恐れ、すぐさま川に飛び込むだろう。しかし逃げられない河童がいる。それはA山のふもとに暮らす河童たちの群れの中にいる一匹の河童だ。私が長年研究したところ彼らの中に一匹だけ足を怪我している河童がいる。そいつを狙ってこい。そうすれば大丈夫だ。

研究員はF博士のいう通りに、日暮れにA山のふもとで大きな焚火を始めた。あらかじめ風向きを読んで上手く熱を河童の群れに向かって流した。さらにひと手間加えて彼らがいる場所の後ろにある崖から大量の砂をまき散らした。これでさらなる乾燥を促した。少し時間が経つだけでみるみると河童たちは川へ逃げていく。その中に一匹だけ逃げ遅れている河童が。研究員はその河童めがけて投げるための松明を急いで用意する。水の中を得意とする生物は熱というものにめっぽう弱い。それを狙えという博士の助言通りに研究員はこなす。松明に火をつけ崖の上から投げようとした瞬間、両腕を何者かにつかまれ口をふさがれ、気を失った。

気づいたときには政治家たちの前に立たされていた。河童に拘束された状態で。河童たちの発言によると、F博士が河童の存在を消すために調査を行っていたことに気づいていたらしく、それを逆手にとってわざと足を怪我した演技をする河童を用意し、研究員にとらえさせたという。そして研究員は河童たちにとらえられ今、政治家たちの前で人質として立たされている。

河童たちは、自分たちが政治に介入することを望んだ。この世界には人間という世界を支配する存在もいれば、河童や鬼たちのように生存してはいるが世界を支配する力を持てていない存在もいる。それはおかしい。環境を壊し、私利私欲のために同種の生物を殺し、ほかの国を傷つける。こんな野蛮な存在が世界を支配してはならない。という主張だ。世界一著名な博士Fの研究員が人質ということもあり、政治家たちはその人質を簡単に見捨てるわけにはいかなかった。そこで政治家たちは選挙への出馬と投票の権利を河童たちに与えることにした。その提案を飲んで河童たちは研究員の身柄を開放した。

河童たちは世界を支配する存在を自分たちにするために、繁殖を進めた。一年後には河童の数が人口を超えた。二年後には各国のトップが河童になり始めた。これで実質的な世界を支配する存在は河童になったのだ。しかし、河童たちには「学」が足りなかった。世界の金融情勢は悪化するばかりか、あれだけ人間に対して指摘した環境の問題の改善も図ることができなかった。するとどうだろうか。川や海が汚染されて困るのは河童たちだ。汚染された水の中では暮らすことができない。また環境汚染による異常気象によって一か月も雨が降らない時期が到来し、河童たちはどんどん死んでいった。それでも、繁殖を続けたのが河童だ。その頃には人間というものは存在しなくなっていた。河童の食糧の対象になったのがほとんどの理由だ。「学」の不足による環境問題の悪化が起こっているにもかかわらず、改善するための手段や「学」を持ち合わせていない河童たちはただ繁殖を繰り返した。そのようなまま10年の時が経った。

ある河童夫婦の間におかしな生命体が生まれた。頭には皿がなく、毛が生えており、肌の色は褐色を薄めたような色。水かきはなく指が五本ある。河童の鳴き声とは明らかに違う泣き方をしている。このような生命体が各地に生まれるようになった。その子たちは成長すると、「学」を学び、基礎を作り、世界を動かす中心となっていった。この生命体によって、劣悪な環境は改善され河童たちは難なく暮らせるようになっていた。しかし河童たちの数は減っていた。河童が交尾をし子を授かって生まれてくるものは、河童でない生命体なのだ。その理由を「学」の無い河童たちは知る余地もない。新しい生命体たちは独自のコミュニティを広げていき、世界を支配しようとする。のちに彼らは人間と呼ばれる。人間は、河童の存在意義はないものとしてこの世界から抹殺する取り組みを始める。河童は絶滅し、人間は世界を支配するようになったある日、一人の著名な人間が鬼たちに捕まってしまう。鬼たちは政治への参加を求める。

 

人間がわがままに自由に暮らすようになるのはこれよりも少しあとの話である。