diary-sentencesのブログ

日々たらたらと小話的な物語的なのを書きます。

第二十八話 F氏

突き刺すような本格的な夏の暑さもひき、夕暮れ時になれば心地の良い気温になる。木の葉も深みのある褐色が混ざり始め、河原ではまるで浮かんでいるかのようにトンボが群れている。

 


F氏にはこの情景が、より美化されて見えていた。というのも今日は朝から想いを寄せるC子とデートをしてきた。全てプラン通り進み、日が落ちる頃に思いの丈を伝えた。晴れて2人は交際することになったのだ。F氏はトンボのように浮ついた心で河原を歩き帰宅していた。

 


C子のことを考えるだけで、暑くなってしまう。額の汗を拭おうとスラックスのポケットからハンカチを取り出したら、ついでにガムの包み紙が落ちてしまった。普段ならそのまま無視していただろうが、C子のことを考えるだけで紳士として生きていかねばと思ってしまう。F氏は立ち止まりガムの包み紙を拾った。男はすぐ女に影響されてしまうなと幸せなため息をついて歩きだそうとすると、左肩に何か影が。招待を確かめるべく首を捻ると、そこにはトンボがとまっていた。

 


F氏は虫という生物が大の苦手だ。焦って払おうとするが直接触れるのも嫌なので、水浴びをした後の獣のように全身を震わせた。しかしトンボは動かない。もうF氏はパニックだ。この世で1番近づきたくない類の生物が自分の左肩にとまっている。周りの目など気にせずシャツのボタンを外し脱ぎ捨てた。シャツの端を持って、闘牛士のようにバタバタとするがトンボは飛び立たない。シャツごとそこに捨てて帰るという発想も思い浮かんだが、今日のデート用にデパートへ出かけ高い金を払って購入したシャツだ。そう簡単には捨てられない。

 


F氏は近くから木の棒を拾ってきてトンボをつついた。それでも動かない。そこに留まったまま死んでしまったのではないかと思えるほど頑固に動かない。しかし羽は動いているから死んでいるわけではなさそうだ。シャツを脱いでから時間もたち、周りからの目も次第に冷ややかになってきた。

 


F氏はとりあえず持ち帰ることにした。

ハンガーにシャツをかけベランダに放置した。トンボを部屋に置いたまま寝るなんて考えられない。もし寝ている間に顔に乗ってきたと考えるだけで青ざめる。明日にはいなくなっているはずと自分を落ち着かせ、今日は寝ることにした。

 

夏の名残りで、エアコンをつけたまま寝てしまい寒がりながら今日も起きた。携帯を開くとC子からメールが来ていた。おはようと言ってくれる人がいるだけでこんなにも一日の始まりが気持ち良いのかと思った。しかしエアコンのおかげで気分はすぐれない。太陽の陽を浴びて体を起こそうとカーテンを開けて外を眺めた。美しい朝日に、晴れ渡った空。そしてシャツにとまったトンボ。

 

まるでトンボと交際を始めたのかと思うような感覚。

 

 

〜続く〜

第二十七話 夜の公園

西暦何年なのかは分からない。

 

ただ技術は他方にわたり進化し続け、接客業というものまでがソレに代替されるようになった。

この街で1番大きな公園の門にも、女性の見た目をしたロボットが立っている。

センサーがついており、目の前に人がいると感知すると「ようこそ、いらっしゃいませ」と綺麗な日本語を話し、客を歓迎する。

大きな池ではボートに乗れたり、鯉に餌をあげられる。四季それぞれで美しい花が咲き誇り、カメラを持った客達も多い。入場するだけで金のかかる公園なのだ。営業時間は20:00まで。今日も閉園ともに客たちは帰路につき、夜になればそこに人影はない。

 

ただ、防水の女性型ロボットは置きっぱなしにされる。事故で車に追突されても大丈夫なように頑丈に作られているし、火事で燃えてしまわぬような加工もしてある。体内で発電し、自分でエネルギーをまかなえる機械なのだ。

違和感のない動きをする割には、男が3人がかりでも持ち上げられない重さを持っており盗難されることも無い。

 

 

C惑星の住民達は、地球という星の存在を知り、人間に興味を持った。興味を持った理由は地球を我がものにしようと企んでいるから。だから彼らは夜と定義される、人間の活動量も少なく、暗さで視界も良好ではない時間を狙って人間という生物を捕えC惑星に持ち帰り、研究することで弱点を得ようとしていた。

 

C惑星の住民達は夜の公園の門の前に立つ人間らしき影を見つけ、そこに近づいた。

 

「おい、お前は人間という生物か。」

「ようこそ、いらっしゃいませ」

「なんだこいつ。見慣れない我らに対して何も動揺しないのか。人間という生き物はあなどれないかもしれないな。」

「本日はご来園ありがとうございます。」

「なんだこいつ。まあいいか。」

「我らは人間という生物を知るために、この地球にやってきた。申し訳ないがお前を捕えさせてもらう。」

「只今の季節は、チューリップが素敵に咲いておりますよ」

「なんだこいつ。まあいいか。」

 

こうしてC惑星の住民達は、女性型ロボットを捕らえた。はじめはロボットの重さに動揺したが、彼らの計り知れない力で難なく持ち上げて飛行船へと連れ込んだ。

 

「博士、人間という生物を持ち帰りました。どうぞ研究してください」

「ああ、助かる。これで人間の弱点を知ることが出来るな。結果は2日後に分かる。また来てくれ。」

 

2日が経った。地球では女性型ロボットがいなくなったことがニュースになり騒がれていた。

 

「博士、人間の弱点はどうでしたか?」

「そ、それなんだが、こいつらは今の我々では攻略することはまだ出来なそうだ。」

「何でですか博士!?」

「こいつらは体内で電気を作り出しているし、その装置自体、液体をかけても壊れない。熱にも強い皮膚でおおわれていて、いくら叩いてもへこみもしない。毒ガスをかけてみても全く効果がない。こいつらは我々と同じように大気の何かを体内に入れエネルギーに変化するというプロセスを持っていないようだ。人間を攻略したいのなら我々の技術がもっと進まなければならない。」

「それは本当ですか博士、、。ではまず我々を強化するためにこの惑星の住民を捕らえてきて改造しましょう。」

「そうすることにしよう。」

 

 

西暦何年なのかは分からない。

女性型ロボットの発明者は、意外にもその道の専門家ではない。彼の専門は地球防衛。他惑星生物からの地球侵略を防ぐための研究している。

助手から女性型ロボットがいなくなったということを聞き、彼はこう話したという。

「これで8体目だな、いなくなったのは。それだけ地球が他惑星たちから狙われているという事だ。しかしこれだけ連れ去られても地球が平和であるのは、住民達のレベルの差だな。人間という生物には非科学的能力はなくとも、知恵がある。」

 

 

第二十六話 オヤスミオハヨ

 

俺は別に一人で生きていける。

もちろん世の中に人間が俺一人では生きていけない。人間がいなければいろいろと回っていかないことは分かっている。そういうことではなくて、簡単にいえば生涯独身でも大丈夫ってことだ。家事はしっかりこなせるし、料理は趣味の一つだからそこら辺の女性よりもおいしく作れる。収入だって独り身で生きていくには十分に足りている。さみしいという感情はもちろん持ち合わせているが、幸せなことに素敵な友人にも何人か恵まれておりいつも一人でいるわけではない。

それに彼女や嫁さんが欲しくなったとしてもめんどくさい俺の性格や考え方がその範囲をおのずと狭めてしまう。別に理想が高いわけではないが、いわゆる条件として定めているものをすべてクリアする女性じゃなきゃその対象になりえない。もちろんその条件の数が多いわけではない。意地になって条件がどうこう言っているわけではなくて、中途半端に好きで付き合っても相手を傷つけるだけだし、お互いの時間も無駄に使ってしまう。だから俺はしっかりと人を知ってから判断している。

 

別に俺は完璧な人間ではない。だからミスすることだってある。そう今回みたいに。

 

朝起きたら隣に知らない女がいた。厳密にいうと顔や名前、俺との関係は知っている。もっと細かく言うと俺がこの女に好意を抱いて近付いたのも知っている。まだ出会ってからの関係が浅いことも知っている。知らないのは、なぜこの女と俺が付き合っているかだ。朝起きたら隣に彼女がいたのだ。厳密にいうとこいつが彼女なのは知っている。なぜなら俺が昨晩告白したから。もっと細かく言うとしっかりこいつと生きていこうと腹を決めて告白したことも知っている。知らないのは、なぜ俺の彼女になる女性としての条件をすべてクリアしていない女に告白したかだ。それだけは知らない。この女とは一か月前ほどにひょんなことから出会って、数回ご飯に行った。話すたびにこの女の人間味に惚れてしまっていた自分がいた。しかしこの女は俺よりも若いし、人としてもまだまだ未熟だ。共に過ごしていても若いくせに大人ぶりやがってと、かわいらしく思える時もあれば恥ずかしくなる時もある。その時点で俺の彼女条件は満たせていない。見ていてこちらが恥ずかしくなる、つまりこちらがマイナスなイメージを持ってしまっている。マイナスなイメージを持ってしまう女性は条件を満たしていない。それを十分に知っているのに俺はこの女に告白してしまった。

 

なぜなのか。少しだけ理由がわかる気がする。それは惜しみなく俺への愛情を伝えてくる点だ。本当に惜しみない。拭い去れない俺への愛情を持っている。わざわざほんの少しの時間を見つけて会いに来るし、会えない日は電話をかけてくる。朝起きたら、何の心の重みも感じさせない「おはよう」の連絡が来ているし、返信をすれば無駄な気を遣わずに良いタイミングで連絡を返してくる。話題が途切れるのを避けるために自分をオーバーに表現したり、きっと興味のない俺の仕事の話を聞いてきたりする。

 

しかし紙一重だとも思っている。運命と遊びの。こんな短期間で急接近し、俺にここまで愛を伝えてくる。俺も気になる点がありながらも冷めることのない愛情をもって接している。純粋に考えていいのなら俺とこの女は運命の二人なのだろうが、斜めから見てしまえばお互いに遊びなのではないかと思ってしまう。愛情と時間に何の因果関係がないのであればこんなことなんて考えないのに、この世にこの二つが存在する限り、この不安は生まれてしまうものなのかもしれない。

 

そそくさと女は身支度をし始めるが、俺の声に促されてその女の香りは近づいてくる。俺がこの女に何を求めているのかは分からない。ただ俺は、もう大人だからと達観していたフリをしていただけでまだ知らない感情とか、人との付き合い方があるのかもしれない。わからないさ俺だって。もしかしたら時間とお金をむだにする恋になるかもしれない。ただこれがそうはならずに実っていく恋なのだとしたら、少しくらいこの女のマイナスに見えてしまうところも目を瞑ったっていいなと思えてしまう。

 

こんなことを考えながら彼女と過ごしてしまう時点で実力不足ってところか。

ミスではないと確信しているが、こんなに自分が自分に素直なことが今までなかったから疑ってしまう。

そんなことを考えながら彼女を抱きしめる朝。変わらない心の渦。感情の乱気流。

俺の考えをすべて見透かしたように彼女は俺に体重をかけてくる。

そうかやっと俺にも見えてきたものがある。この彼女の重さこそが俺の真実で、この君の重さだけが俺をそこから救い出してくれる。

きっとこれからも彼女のことを思い続けて、そばにいてほしいと思うのが俺の人生なんだろう。

そう思いながらオハヨと、彼女に伝える。

 

第二十五話 支配

当時まだ妖怪というものが認知されなかった頃の話。

正確にいえば、今でいう妖怪が人間と共存していたころの話。

 

川に洗濯をしに行けば水中では河童が泳いでおり、岩山のふもとには赤鬼たちが住んでいた時代。お互いに危害を加えることはなく平然と過ごしていた。そんなある日、そのような生活に疑問を抱くものが現れた。F博士だ。こんなにも容姿の違う生命体がこの地球上に人間と共存していてよいものか。もちろん、動物や虫もこの地球には存在しているがここまで存在感はない。動物や虫に対しては人間のほうが確実に優位に立っている。しかし河童や鬼に対しては違う。河童や鬼は政治にこそは参加しなくとも、人間観の生活に意見してくることはしばしば。そして人間たちも彼らのことを人間と同じくらいの位置づけをして見ている。それでよいのだろうか。という疑問を持ったのがF博士だ。

F博士は研究員に対して、給料を上げてやるから河童を一匹捕まえてこいと命じる。研究員は断った。人間と彼らが共存している頃は、お互いの生活を侵害することはご法度であった。いたずら半分で河童の子供をつかまえた人間が、その親を含む河童の群れに連れ去られ、焼き殺された事例もある。だから研究員はF博士の依頼を断った。すると博士はそれができないのならお前を首にするといった。さらに加えて、もちろんただ捕まえてこいと言っているわけではない。お前が無事に帰ってこれる策も用意している。というものだから研究員はその以来をしぶしぶ受けることにした。

F博士の策はこうだ。近年彼らは湿った場所を好むことが分かった。なぜなら皮膚や皿が乾いてしまうからだ。そこでF博士は彼らの群れの近くで大きな焚火をすることを命じる。そうすることで彼らは熱と乾燥を恐れ、すぐさま川に飛び込むだろう。しかし逃げられない河童がいる。それはA山のふもとに暮らす河童たちの群れの中にいる一匹の河童だ。私が長年研究したところ彼らの中に一匹だけ足を怪我している河童がいる。そいつを狙ってこい。そうすれば大丈夫だ。

研究員はF博士のいう通りに、日暮れにA山のふもとで大きな焚火を始めた。あらかじめ風向きを読んで上手く熱を河童の群れに向かって流した。さらにひと手間加えて彼らがいる場所の後ろにある崖から大量の砂をまき散らした。これでさらなる乾燥を促した。少し時間が経つだけでみるみると河童たちは川へ逃げていく。その中に一匹だけ逃げ遅れている河童が。研究員はその河童めがけて投げるための松明を急いで用意する。水の中を得意とする生物は熱というものにめっぽう弱い。それを狙えという博士の助言通りに研究員はこなす。松明に火をつけ崖の上から投げようとした瞬間、両腕を何者かにつかまれ口をふさがれ、気を失った。

気づいたときには政治家たちの前に立たされていた。河童に拘束された状態で。河童たちの発言によると、F博士が河童の存在を消すために調査を行っていたことに気づいていたらしく、それを逆手にとってわざと足を怪我した演技をする河童を用意し、研究員にとらえさせたという。そして研究員は河童たちにとらえられ今、政治家たちの前で人質として立たされている。

河童たちは、自分たちが政治に介入することを望んだ。この世界には人間という世界を支配する存在もいれば、河童や鬼たちのように生存してはいるが世界を支配する力を持てていない存在もいる。それはおかしい。環境を壊し、私利私欲のために同種の生物を殺し、ほかの国を傷つける。こんな野蛮な存在が世界を支配してはならない。という主張だ。世界一著名な博士Fの研究員が人質ということもあり、政治家たちはその人質を簡単に見捨てるわけにはいかなかった。そこで政治家たちは選挙への出馬と投票の権利を河童たちに与えることにした。その提案を飲んで河童たちは研究員の身柄を開放した。

河童たちは世界を支配する存在を自分たちにするために、繁殖を進めた。一年後には河童の数が人口を超えた。二年後には各国のトップが河童になり始めた。これで実質的な世界を支配する存在は河童になったのだ。しかし、河童たちには「学」が足りなかった。世界の金融情勢は悪化するばかりか、あれだけ人間に対して指摘した環境の問題の改善も図ることができなかった。するとどうだろうか。川や海が汚染されて困るのは河童たちだ。汚染された水の中では暮らすことができない。また環境汚染による異常気象によって一か月も雨が降らない時期が到来し、河童たちはどんどん死んでいった。それでも、繁殖を続けたのが河童だ。その頃には人間というものは存在しなくなっていた。河童の食糧の対象になったのがほとんどの理由だ。「学」の不足による環境問題の悪化が起こっているにもかかわらず、改善するための手段や「学」を持ち合わせていない河童たちはただ繁殖を繰り返した。そのようなまま10年の時が経った。

ある河童夫婦の間におかしな生命体が生まれた。頭には皿がなく、毛が生えており、肌の色は褐色を薄めたような色。水かきはなく指が五本ある。河童の鳴き声とは明らかに違う泣き方をしている。このような生命体が各地に生まれるようになった。その子たちは成長すると、「学」を学び、基礎を作り、世界を動かす中心となっていった。この生命体によって、劣悪な環境は改善され河童たちは難なく暮らせるようになっていた。しかし河童たちの数は減っていた。河童が交尾をし子を授かって生まれてくるものは、河童でない生命体なのだ。その理由を「学」の無い河童たちは知る余地もない。新しい生命体たちは独自のコミュニティを広げていき、世界を支配しようとする。のちに彼らは人間と呼ばれる。人間は、河童の存在意義はないものとしてこの世界から抹殺する取り組みを始める。河童は絶滅し、人間は世界を支配するようになったある日、一人の著名な人間が鬼たちに捕まってしまう。鬼たちは政治への参加を求める。

 

人間がわがままに自由に暮らすようになるのはこれよりも少しあとの話である。

 

 

第二十三話 第二十四話 悩み

斯くして住宅街の一角にあるカフェのファンになった俺は休みの度にそこへ足を運んでいた。

 

今日もブラームスが脇役として店内の雰囲気を装飾し、シックな内装により趣を出す。

 

店内では常連客とカフェのマスターの会話が今日も盛り上がっている。常連と見られる客の中にはまだ俺は見かけたことの無い者もいる。それはそうだ。まだこの店に来るのは2回目なんだから。

 

前回、マスターの理想の愛が俺の理想としているものなのかもしれないと気付いてから、もっとマスターの話を聞きたくなった。それで今日も足を運んでいる。

 

客たちとマスターの会話に耳を傾ければ、すぐに内容が入ってくる。

 

「同じ大学のいつも一緒にいるやつに裏切られたんすよ。」

 

この店には似合わない雰囲気の男子大学生が、ほかの客に話しかけていた。

 

「あらあ、何があったの??」

 

マスターにはっちゃんと呼ばれていた客が聞き返す。

 

「それがですね、これといってはないんですけど。ここはおれを大事にしてくれる場面でしょ!ってところでそうじゃなかったりするんですよ。一緒にいてくれなかったりとか、誘っても乗ってくれなかったりとか。」

「ああ、なるほどね〜。難しいわよね友人関係も。自分の思う通りにはいかないしね〜。」

 

おっと、まだ人として若いのかなこの大学生は。と思ったのが正直なところ。それはそうだ。友達はあくまで友達であって、各自好きなように行動するさ。それに本当に友達とよべるような関係なのか??上辺だけなんじゃないか?

と、カフェにいる大人たちは思ったはず。俺もそう思った。

こんな悩み相談をされたら返事に困るな〜。

 

「そうなんですよ。友達のことで悩むのも大切かなとは思うから嫌ではないんですけど、、、。」

「マスターはどう思いますか??」

 

あら、今日も聞かれてしまったマスター。なんとも答えにくいだろうな。そもそも本当はどんな友人関係を築いているのかも分からないし、どのくらい本気でこの大学生が悩んでるのかも分からない。そもそも悩むことなのか??しかしそんなこと言えないか。

 

質問をふられたマスターは、ミルを回す手を止めて一呼吸置いてから答えた。

 

「心の中の天気の話をしますね。

見上げてみてください。傘が要るほどの雨じゃないです。それに、雨に濡れたって死ぬわけじゃないですよ。」

 

「た、たしかに、そうですよねマスター。」

 

「はい。楽しく、晴れ渡る人生を進みましょうよ。」

 

 

すごいなマスター。今日もお客さんの悩みを一言で解決した。いや解決したとは言えないし、どれほどお客さんに届いているかは定かではないが、俺があんなふうに言われたらきっと心の雲も晴れてるだろうな。

 

もう歳をとって若い頃の気持ちも忘れていたけど

好きなように生きたっていいじゃないかってことか。

 

 

第二十二話 恋

迷い込んだ子猫のように俺はそこに座っていた。

まあ、意図して俺はそこに居たわけだが雰囲気になかなか馴染めなていないと自負していた。しかし思っていたよりも馴染めているのか俺の影が薄いのか、常連やマスターはこちらを気にせず会話を続けている。

 

川沿いを歩き、住宅街に入る。ひときわ豪華な一軒家を曲がったところに気になるカフェがある。散歩をしているときに見つけた。そこに足を運んだ。

店内はブラームスが脇役的に流れており、主役はカフェのマスターと常連と思われる客たちの会話だ。

しかしその会話は耳障りではなく、店内の古びれた内装とタバコくさいにおいにマッチしていた。

本を持ってきたわけでも、聞きたい音楽があるわけでも、しなければいけない仕事があるわけでもない俺はアメリカーノをすすりながらその会話に耳を傾けた。

 

マスターに「はっちゃん」と呼ばれる中年女性が何やら恋愛の話をしていた。

 

「彼が何を考えているかわからないの。私はできることをこれだけして彼を支えているつもりなのに。」

 

はっちゃんに「前田」と呼ばれる中年男性は

「はっちゃんはよくやってるよ。これ以上は彼次第じゃない?」

と答える。

 

「そうなのかもしれないけど、彼が本当に求めていることがわからないの。」

「けどそれで喧嘩したりするわけではないいんだろ?」

「口論になることはないけど、本当に私はこれでいいのかなって。何をしてあげればいいのかなって。」

「確かに言ってもらわなきゃわからないことだってあるよな。おれだったら伝えるし」

「ねえマスターはどう思う?」

「え?私ですか?私なんてお二人の話に混ざれるほどの器ではありませんよ」

 

と白髪で白シャツが似合うマスターが答える。

 

「そんなこと言わないでさ、私に何かアドバイスしてよ。」

「そう言われてしまうと私も何か言わなければなりませんね。あはは。」

「マスターははっちゃんの彼のことどう思う?この恋愛どう思う?」

「彼のことはよく知りませんので何とも言えませんが、お二人の理想の愛ってどうお考えですか?」

「え?愛?そうだな、お互いのことが理解できる関係かなあ。」

「確かにおれもそうそう思うかな。あとは居心地が良いとか。」

「そうですね。それもとても素敵な愛の形かと思います。」

 

カップを拭きあげていたマスターは一呼吸おいて棚へそれを戻すとこう続けた。

 

「私は、説明しない愛が理想、だと思います。」

 

「それって素敵ね。けど、しっくりこないわ。どういうこと?」

 

「今夜も相手のことを思い浮かべるけど、相手のことは何も知らないから何も語れない。それが一番純粋で、自然。明日の夜も相手のことを考えるだろうけど自分は何も知らない。これが愛の理想です。」

 

 

 

はっちゃんも前田さんも言葉に詰まっていたが、その時の俺には何か届くものがあった。

 

思いを寄せている女性の顔が浮かんだ。

考えてもどうしようもないから背伸びしてブラックを保っているコーヒーをすするが

彼女の顔は頭から消えない。

今夜も君を思い出すだろう、まだ名前も知らない。

第二十一話 傘

ここは都会のはずれにある小さな高級フランス料理レストラン。

今日も予約で満席。18:00の開店前から客がやってくる。あいにくの雨ではあるが、天候と料理の味は関係ない。むしろ雨のほうが客が少ないのではないかと知恵を働かせた客が予約をしてくるがそのようなことは皆考える。だからこの店は天候にかかわらず人気だ。

A夫妻が来店した。ギャルソンとはフレンチにおける男性ホールスタッフといったところだろうか。ギャルソンの田辺がA夫妻を迎え傘を預かり後輩ギャルソンの加藤へ渡し、席へと案内する。これがこのレストランのエントランスでの流れだ。B一家が来店。傘を預かり案内する。C社長が秘書と来店。有名歌手Dは知り合いたちと来店。席へ案内する。

これでこの時間の予約客は全て来店した。

ソムリエが料理やワインの説明をし、華やかな音楽が店内を飾る。そこへ運ばれてくる芸術作品のような料理がさらに店の雰囲気を華麗に。

客たちも料理やワインを楽しみ店内のボルテージは上がってきた。

その時、店内が一瞬で暗転する。

A夫人の悲鳴や、C社長の驚きの声が響く。しかしすぐに田辺が声をかける。

「失礼いたしました。雷の影響でブレーカーが落ちたようです。すぐに対応しますのでそのままお待ちください。」

田辺の良く通るのにもかかわらず包み込むかのような優しい声は客たちの安心へとつながった。すぐに加藤がブレーカーへと向かう。途中に何かにぶつかり倒してしまったようだが、すぐに店の明かりはつき、また優雅な音楽が流れ始め客の会話は生き生きとしだす。

加藤はすぐに何を倒してしまったのか確認しに向かう。

「ヤバい、、、」

加藤は冷や汗をかいた。加藤が倒したのは客たちの傘であった。

どの傘が誰のものなのか分からなくなってしまった。ともかく田辺に伝えに行く加藤。

田辺はお客様たちも自分の傘くらいわかるであろう。と加藤を励まし整然と並べておくように促した。

そのあともシェフのつくる料理が客たちを楽しませ、ドルチェを食べ終わるころには客たちは、ワーグナーの長編オペラを見たこのような感覚になる。ワインのアルコールもまわり、上機嫌になった客たちで店はその時間帯のグランディオーソをむかえたかのようだ。

そろそろ次の予約の客のために田辺が帰宅を促す。

A夫妻とC社長たちが会計を済ませ店を出ようとしている。

「私たちの傘を下さる?」

とA夫人が。

「すみません。先ほどの停電の中で傘立てを倒してしまいまして。お客様自身で傘をお取りいただいてもよろしいでしょうか。」

まだ若く、かわいらしい顔をした加藤が申し訳なさそうに伝えるものだから。A夫人も何の嫌味もなく了承した。

A夫人が自身と旦那の傘を取り店を出ようとすると

「まちなさい!その傘は私がパリで、妻に購入したものではないか!」

と怒鳴り声に近い声がA夫人にむけられる。振り向くとB一家のある男が席を立って声を発している。

「何を言っているの?これは私たちが先日ヨーロッパ旅行へ行った時のものだわ。」

A夫人はそういい返す。

 

田辺が慌てて近づき、声をかける。

「失礼いたしました。こちらの不手際で傘立てを倒してしまったためにお客様方の傘が混同してしまいました。お食事中の方もいらっしゃいますが、皆様、ご自身の傘をお取りいただいてもよろしいでしょうか?」

客たちの中にはぶつぶつと文句を言うものもいたが皆、自分の傘を取りに席を立った。するとやはり残ったのはA夫人が持ち出そうとしてB一家の男に怒鳴られた、花柄の傘。そして、無地だが質感のとても良い薄ピンクの傘。どちらもセレブが持つにふさわしい傘ではある。

A夫人もB一家の男も譲らない。私のだ。俺の妻のものだ。と。

どうしたものかとほかの客がざわざわしていると、奥からこの店のオーナーの娘Hがやってきた。オーナーの娘Hは帰国子女で、モデルをしている。その整った顔と抜群のスタイルで何度も雑誌の表紙を飾っている。

 

「どうしましたかH様。」

田辺がたずねる。

「私の傘がなくて困っているの。こっちにないかなって思って、、、」

「あっ、ここにあったのね!これパパにパリで買ってもらったお気に入りの傘なの。

あっ、奥にこの傘があったわよ。お客様のじゃない?」

そういって、花柄の傘をA夫人から取り上げ、奥にあったという和紙でできた傘を加藤に渡し、Hは店を出た。

 

「と、なるとこの薄ピンクの傘と和紙の傘はどちらのものでしょうか。」

加藤が恐る恐る聞くと、

「あらやだ!勘違いしていたわっ。私のはこの和紙の傘でした。」

といってA夫人は旦那の手を引きすぐに店を出た。

B一家の男はというと

「電話がかかってきた」

と焦って店の外に出る。

花柄の傘はどちらのものでもなかったのである。素敵な傘だからこそ、つい手に入れたくなってしまったのであろう。

 

今日も最後の予約客が帰宅し、従業員ミーティングが始まった。

オーナーが最後に口を開く。

「お金持ちの中には、意地汚いやつがいるもんだ。そういう人が客としてうちに来てしまうと、この素敵な空間が乱れてしまう。そういう客を間接的に来店しにくくさせるというのも、うちの従業員のおもてなしだ。今日は加藤、よくやったぞ。」

「えっ?」

「なんだ、田辺言ってなかったのか。」

「はい。加藤は純粋な奴だから伝えないほうがうまくいくかなと」

「なるほどな。まあおかげで、来店するたびに店の雰囲気を崩していくA夫妻もB一家も今回のことで恥をかいたわけだから、店には来なくなるだろうな。」

 

都会のはずれにある小さな高級フランス料理レストランは

客を選ぶことも大事にしているようだ。