diary-sentencesのブログ

日々たらたらと小話的な物語的なのを書きます。

第三十五話 退屈な男4

今日もいつも通り出勤。

8畳ほどの敷地面積をもつ店舗に1人で立ち右から左、左から右へと流れていく「お客様」に「いらっしゃいませ」を言うのがオレの仕事。

 

ではなかった。


古びれたデパートの地下で日本人に馴染みのない「トルティーヤ」を売るのが仕事。

オレはオーナーじゃない。

オーナーから

「近頃の売上の落ち込みは、従業員が"いらっしゃいませ"を言わないからだ」

と言われたので、

「いらっしゃいませ」を言うことに重きを置いて働いている。

 

右から客がやって来た。言うまでもなく、「うちの店」には止まらない。

 

 「いらっしゃいませ」

 

6時間勤務がオレの基本。スーパーで1080円で買った腕時計を見てもまだ20分しか経っていない。

 

右から客だ。

 

なんて世の中の男性は愚かなんだろうか。世の中の男性たちは皆、自分が一番だと思っている。自分は相手よりもどこか優れていると思っているし、どうせ自分は何でもできてしまうと思っている。愚かだ。そんな愚かな男性よりも私の方が優れている。偏差値の高い高校から、偏差値の高い大学へと進学した。学生のうちに他の学生よりも好奇心旺盛に講演会やビジネスイベントにも参加した。就職活動においても自分の第一希望の企業に就職することができたし、今では理想の通りの男性に出会いお付き合いができている。私より充実した人生を送っている人はいるのだろうか。ああ、世の中の男性は愚かである。

 

「いらっしゃいませ」

 

危ない。デパ地下は私の庭と言わんばかりに闊歩している、実際は低いのに鼻高々に歩く女性が店の前を通るものだから、ひねくれまくった結果、自分のことを棚に上げまくる性格の女性かと想像してしまったじゃないか。集中しよう。

 

今度は左から客だ。

 

このおしぼりはどんな匂いがするんだろう。クンクン。

ああ、あのカフェと同じ洗剤を使っているなここは。

最速メニュー枝豆の登場か。まあ、焼き鳥たちが来るまでのあてにしよう。

クンクン。うん、どこにでもある枝豆の匂いがするな。さあ食べよう。

フライドポテトが来た。手が油で汚れてしまうのは嫌なので割り箸で食べよう。

パキッ。クンクン。うん、他と大差ない割箸の匂いがする。

さあ、一杯目のビールも空いたことだし焼酎でも頼もう。

よし、焼酎が来たな。クンクン。うん、特に焼酎の匂いが好きなわけではないが、いつも通りの匂いだな。

あ、やっと焼き鳥が来た。クンクン。

 

「いらっしゃいませ」

 

危ない。各店舗の前を通るたびにクンクンと匂いを嗅いでいる男が店の前を通るもんだから、たまにいる何でも匂いを嗅いでから行動を起こす人の仕草を想像してしまったじゃないか。業務に集中しよう。

 

今日もまだまだ続くな、、、。

 

第三十四話 コンビニ店員

街はずれのコンビニエンスストアの駐車場に、黒光りする全長の長い車が停まった。

車のドアが開くと中からは洗練された黒のセットアップに身を包み、サングラスをかけ、ポマードで固められた髪型の男が出てきた。

男はコンビニエンスストアに入り、何の迷いもなくレジへ向かった。

 

「すまない。傘をくれないか。」

 

その日は一日雨が降りっぱなしの日であった。場所によっては避難勧告も出ているところがあるほどの。

 

「傘でしたら入口の方にございますので、そちらをお持ちください。」

 

コンビニエンスストアの店員は丁寧に対応する。しかしこの狭い店内で傘の販売位置すら分からないなんてと不思議に思いながらの対応だった。

 

「そうではない。傘を無償でくれないかといっているのだ。」

「え?お客様。それは困ります。当店は無料傘貸し出し所ではありません。お支払いをしてもらわねば。」

「わかっている。そのうえで頼んでいるのだ。」

「え?なぜお支払いできないのですか。見た目で判断するのは良くないことではありますが、お客様は見た感じ、お金に困っているとは思えません。」

「ああ。君の言うとおりだ。全くお金に困ってなどいない。」

 

「ではなぜ、そこまでして傘なんかを無償でもらおうとしているのですか。」

「私はA国の大統領の秘書だ。我が国の大統領がお手洗いに行きたいということでこのコンビンエンスストアに来たのだ。」

 

「A国の方なんですね。とても日本語がお上手で。そんなことより、お手洗いはご自由に使用してくださって構いませんよ。」

「理解力が乏しいんだな貴様。大統領がお手洗いに行くには車から降りてこの店内に入らないといけない。するとどうなる?傘を持ち合わせていない我々は大統領を雨で濡らすことになる。だから私がわざわざここまで来て頼んでいるのだ。」

「雨アレルギーかなんかなんですか大統領は。そんなことより、だったら傘を購入すればいいじゃないですか。」

「貴様の頭の中には脳みそがはいってないんじゃないか?我々の国ではすでに現金というものは流通していない。すべてカードのみの決済だ。そして我々のような身分の高いものが使うカードは、わが国でも庶民が使うような店では利用不可だ。ましてやこんな遅れた国のこんなところで使えるわけがない。」

「だんだん言葉使いが汚くなってきましたね。そんなことより、でしたら私の傘をお貸ししますのでそちらをお使いください。店の物を差し上げることはできません。」

「貴様、どんなに充実していない学校教育を受けたらそんな幼稚な発想が出てくるんだ。我々の国の大統領に貴様のような他国庶民の事物を使わせるわけにはいかないだろう。さっさと傘を渡せ。」

「他国ってだけで下に見るのはどうかと思いますが。そんなことより、学力も理解力も乏しい他国庶民の私とこんな中身の無い話をしている暇があったら、私から傘を借りるか諦めて少し雨に濡れてもらうかどちらかにしないと、大統領も怒ってしまうのではないですか。」

「貴様、わかったような口をきくな。戸籍ごと抹殺するぞ。私に上げ足をとっている暇があったら上のものを呼んで来い。そいつと話をつける。」

「恐喝で訴えてしまいますよあなた。そんなことより、うちの店の店長は本日ひどくお腹を壊しています。出勤してからずっとお手洗いにこもっています。ですから、ここに店長を呼ぶこともできないですし、お手洗いを貸すことも実はできません。」

「貴様、なぜそれを早く言わない。最初から騙そうとしていたな。スーツの内ポケットからピストルを出して貴様を打ち抜くことは簡単だぞ。」

「銃刀法を違反しているナウなんですねあなた。そんなことより、あなたが私を撃ち殺してしまえば警察が駆け付けます。そのまま取り調べとなって、かなり長い時間拘束されます。そんなことをしている間に大統領の便意は限界突破してしまうんじゃないですか。」

「なら貴様をこのまま車に乗せて拉致してしまおうか。我が国で地獄を見させてやる。」

「そんな汚い国なんですねA国は。そんなことより、あなたが乗ってきた車に乗っているメンバー構成はどんなものですか。4人乗りのあの大きな車に、おそらく、運転手、助手席に大統領の息子さん、大統領とあなたが後部座席ですよね。」

「貴様、低能のくせに何を話し出す。まあ貴様の言った通りの4人でここにきている。」

「低能かどうかについては少々反論したいですが。そんなことより、だとしたらあなたは大失態を犯しています。あなたは傘を早く手に入れることだけを考えたあまり、後部座席の車のドアを開けっぱなしにしています。そしてそこから入り込んだ雨のしずくが今も大統領にかかっています。」

「やはり貴様は馬鹿だな。私がそんな失態をするわけがない。例えそうだとしても誰かがドアなど閉めるだろう。」

「おやおや、あなたも意外と節穴だらけですね。まず、大統領はドアを閉めません。なぜなら内側からドアを閉めようとした場合、腕が外に短時間ながらも出ますから濡れてしまいますよね。これは大統領の息子さんにも言えます。息子さんが閉めようとした場合、外に出ないといけないですから。ですからこの二人はドアを閉められない。」

「なんだ貴様。べらべらと急に喋りだすんじゃない。いいから早く傘を渡し、店長をとトイレから引きずり出せ。それに運転手が車から降りて閉めるにきまっているじゃないか。」

「言葉数でいえばさっきまでとあまり変わっていないのですが。そんなことより、運転手がドアを閉めるために車外に出るのは不可能です。なぜなら運転手が車を出てドアを閉めようとしているときに、何者かに運転席に乗り込まれて車をジャックされ大統領と息子さんを誘拐されてしまう可能性がありますから。あなたの国のしっかりと教育された運転手なんでしょう?そんなリスクを冒すわけがありません。」

「き、貴様。しかし、貴様の言うとおりだ。」

「やっと認めましたね。あと貴様って呼ぶのやめてくださいな。そんなことより、となると現在、車の後部座席のドアが開いていて雨が車内に入り込んでいる責任はすべてあなたです。さらにそれを解決できないのもあなたが私と長々と話し続けているからです。早く車に戻って謝罪したうえで、このコンビニではトイレを使えないようだ、日本語が伝わらなくて話が長引いてしまったと言い訳してください。」

 

洗練された黒のセットアップに身を包み、サングラスをかけ、ポマードで固められた髪型の男は急いで車に走っていった。

店員に背を向けて走り出したその姿はさながら、パンを盗んで逃げている者のようであった。

 

第三十三話 他国

A国は自然に恵まれた国だ。生き生きとした草花が広がり、海や川の水はどこまでも透き通っている。国民のほとんどが自給自足の生活をしており、他国にその農林水産物を輸出することでこの国の経済は回っている。

国民のキャラクターとしては落ち着いた朗らかな人物が多く、この国だからこその国民性を持ち合わせている。自然豊かなこの国ではあるがやはり技術的には他国にほとんど追いついてない。医療も発達していないが、空気もきれいで、程よい人口密度、体内に入る食材は全て無添加、法律でタバコ、酒も禁止されている為そもそも病気にかかる者が少ないため、医療の発達の遅れはそこまで痛手ではない。

他国では自動車の自動運転が主流になった頃に、A国にはテレビというものが普及し始めた。テレビで他国の状況を見たA国の国民は衝撃を受けた。徒歩以外の移動手段があり、飲食店に足を運ばなくても自宅に料理が届く。道でタクシーを拾わなくともスマートフォンなる文明の利器に搭載されたアプリケーションなるものを使用すれば即座に移動することができる。

テレビが普及したばかりの頃はただ単に憧れの眼差しでそれらを見ていたA国の人々であったが、次第にそれは欲求へと変わっていった。

外国籍を入手し、外国へと渡るものが多くなっていった。数年のうちにA国の農林水産業は著しく衰え、後継する者も減ってしまい、さらに数年するうちにはA国の人々は皆、外国へと移住してしまった。

 

B国はこの地球上において最も進んだ国である。人々が想像できることはすべて実現できるような社会。何かを利用せずとも、頭の中で「コーヒーが飲みたい」と思考するだけで目の前にはそれが現れる。犯罪というものはこの五年間ほど全く起きていない。B国の住民たちは常に政府に監視されている。もちろん発達しすぎたAIによって。だから軽犯罪ですら起こそうとした瞬間にそのデータが政府の犯罪対策部に送信される。第三者に被害を及ばすような行為に関しては出生時に体内に埋め込まれた機器から高圧電流が流れることによって抑制されている。

とはいえこの整いすぎた環境によって国民幸福度は異常といっていいほど高いものとなっている。

しかしある時、ある政治家が「もっと人間らしい生活を。自然と共に共存を。」というような演説をしたことがきっかけでそのような考え方の風潮が広まり始めた。勿論その政治家は即座に政府によって厳しく処罰されたが、一度広まった思想の熱が冷めるまでには時間がかかる。

その反面広まるのは早い。B国の人々の数%がそれを求める活動をし始め、やがて他国に目を向けるようになった。いわゆる自給自足を求める活動が広まり、主流となり、政府ですら管理することができなくなった。国民は他国に移住し始めたのだ。

 

A国の住民たちは皆、B国という先進的な国へと移住した。B国の住民たちは皆、自然あふれるA国へと移住した。各国の人々はその国土や残された文化に馴染んでいった。

 

地球に住む人間という生物は、「ないものねだり」という独特の特徴を持つ生物だと、他惑星で研究結果が出た頃の話だ。

 

第三十二話 F氏 2

トンボはF氏のシャツから離れようとはしなかったようだ。一晩中そこにとどまっていたと考えると、その執着心は尊敬に値するほどだ。しかしそのシャツを着なければ直接的な害はないのだから、そこまでは困らない。F氏は他のシャツを羽織って、荷物を持ち仕事へ向かおうと、玄関を出た。

 

もしかしたら帰宅する頃にはトンボもいなくなっているかもしれない。そう思うことで苦手なトンボによって起こったパニックを押さえつけようとしている。そんなことを考えながら駅に歩いていると、左肩に何か影が。目をやるとそこにはトンボ。

F氏はあまりパニックにならなかった。慣れというものは怖い。ああまたこいつが来てしまったか、と思ってしまう自分に驚きを隠せない。

 


恐らくこのセミは、ベランダに干してあったシャツから離れてF氏の元にやってきたんだろう。色合いや羽の大きさが全く同じだ。F氏はこのトンボを可愛がることにした。こいつに愛情を持つようになればきっとストレスではなくなる。そう、そう思おうとした。

 


それからというものF氏はトンボと共に過ごした。もちろん入浴時などのプライバシーが保たれるべき場面や、会社などトンボが乗っていることで他者に迷惑がかかってしまう場面においては、トンボはF氏から離れた。

 


第一印象は大嫌いな虫ということで最悪であったが、F氏の方から親しみを持って接するようになるとその関係は良好になっていった。トンボは自分でエサをとってたべることができるし、そもそも言葉を話さないんだから放置しておいて良い。F氏にとって過ごしやすい環境であった。

 


それに比べC子とはなかなかな上手くいかない。第一印象はど真ん中のタイプだったのだが、関係を深めるごとに嫌なところが溢れ出てくる。人と人の関係だからそれは仕方ないことなのだろうが溢れ出てしまうのはどうなのだろうか。意見が合うことの方が珍しいし、1人でゆっくりしたい時もC子の相手をしてやらないといけない。

しかし別れたいかと言われればそうではない。せっかくこんなに美しい人に出会えたのに、もったいない。その思いがあるから別れたりはしない。

 


そこでF氏は単身赴任することにした。もともと同居している訳では無いが、ほぼ毎日どちらかの家にどちらかが足を運んでいたのでほとんど同居と同じだ。国内に希望を出そうとも思ったが、週末は会いに来てとか言われそうだったので外国へ行くことにした。

 


大きなキャリーケースに荷物をパンパンにつめ、クッションでおおわれた箱にトンボをいれてやった。少し窮屈だがここで我慢してくれと話しかけ、キャリーケースを閉じた。

 


F氏がC子から離れるために選んだ国は、日本とは違いかなり暑い国だ。それに湿気も多い。空港に着いて外に出るやいなや、汗が吹き出してきた。そうだ、トンボをキャリーケースからだしてやらねば。そう思い急いでキャリーケースを開けて箱から出してやった。すこし疲れているようだったが生きてくれてはいた。トンボのために観光などせずすぐに、社宅に向かった。ここなら涼しい。しかし問題があった。エサだ。普段はトンボが自身で餌をとっていたが、この国では気候的にトンボは外に出られない。かといってF氏が自らエサを取りに行っている暇も、虫を克服した実績もない。

 


F氏はこのトンボとの別れを決意した。このままお腹を空かせて死んでしまうだろう。それをわかって過ごすことにした。

 


1年ぶりに日本に帰国した。C子と会うのもかなり久しぶりだ。もちろんトンボはいなくなってしまっていた。死んでしまったばかりは寂しさが大きかったが今では良い思い出となっている。

 


夕暮れ時に河原を歩いていたら懐かしい情景が思い出された。あの時は頑張ってトンボを振り払おうとしていたな、懐かしいなとF氏は思い出に浸っていた。寂しいという感情が生まれてきてしまった。1年前まで半年ほど一緒にいてくれたのはC子でも家族でもなくトンボだった。返事が返ってくる訳でもないのに悩みを相談したり、愚痴をこぼしたりした。F氏に何も言わずに寄り添っていたのはトンボだったのだ。

 


トンボの群れをくぐり抜けて左側を向けば、肩にトンボがいてくれる気がしてそうしたがやはりいない。そこには何もいない。背中を丸めてF氏はまた歩き出した。

 


何かが左肩を触った。もしかして、と振り返るとそこにはC子が。私がいるよ、なんて言うキャラじゃないからそんなこと言わなかったがF氏はそう思った。F氏にとってC子はかけがえのない存在となった。世界で1番自分に合うのはC子ではないが、C子といるべきなんだなとF氏は思ったところだった。

第三十一話 雨があがれば

この町には路面電車が走っている。朝は通勤や登校に利用するビジネスパーソンや学生が、日中は各地へ出かけるお年寄りが乗り、夕方になれば退勤したビジネスパーソンや下校する学生たちが使う。割と夜遅くまで運行しているので飲み会帰りの大人たちも利用する。6分に一度のペースで用意された路面電車は重宝されている。

 

もうそろそろ、うんざりするこの雨の日々とも別れの頃。タカシは登校するために路面電車を待っていた。雨が降ると利用者も増える。普段は自転車などを利用している人もこちらに遷移してくるからだ。路面電車を待っているとひどい土砂降りの中、傘をささずこれぞまさにびしょ濡れというような女性が駅にやってきた。タカシよりも大人びた見た目だったから年上かとも思ったが、高校の制服を身に付けていたので同級生以下の年齢ということが分かった。タカシは高校三年生だった。

 

気弱な性格のタカシは声をかけるか迷ったがそれよりも紳士的な性格が勝り、カバンからタオルを取り出しその女性に渡した。女性は申し訳ないと断ったがこのままびしょ濡れで路面電車に乗るわけも行かなので頭を下げてタオルを受け取った。女性がやっと髪の毛を滴る水を拭ききった頃にタカシの乗ろうとしていた路面電車は発車してしまった。気の毒そうに謝る女性。また6分すれば来ますから。と冷静に対応するタカシに女性もそうですねと微笑んで返した。制服を見て自分と同じ高校ではないとは判断できたが、それ以外のことは分からなかったので無言の時間を埋めるために高校を聞いたり、学年を聞いたりした。どうせこれっきりの関係なんだからあまり興味もなかったが。どうやら、タカシが降りる二駅前にある私立高校の三年生らしい。同級生だ。部活はしていないらしい。学年も部活をしていないところもタカシと同じで何となく親近感がわいたが、そこから恋愛に発展するうような感情は生まれないようにした。

 

次の路面電車が来る少し前に女性はある程度雨で濡れた制服を拭ききった。タカシはそのまま返してくれてもいいし、家で捨ててくれてもいいよ、と言ったが女性は申し訳ないから明日返すねと言って辞めないからそうすることにした。

路面電車がやってきて二人は何となく離れて座った。女性は先に降りて、その二駅後タカシも降りて高校に向かった。

その日はお昼前には雨が上がり何日かぶりに空が青くなった。もしかしたらあの女性は天気が晴れるのを知っていたから傘を持っていなかったのかと、よくよく考えれば見当はずれな予想をしながら、苦手な数学の時間を過ごした。

 

もうそろそろ、うんざりするこの雨の日々とも別れの頃。ハルは今日も雨にうんざりしながら家を出た。高校の友達は大好きだがとにかく雨が嫌いで登校するのも嫌になるくらいだ。傘を差してもローファーは濡れてしまうし、カバンにも雨はかかってくる。朝から不機嫌になりそうな気持ちをなだめながら歩いていると、目の前を歩いていた小学生の女の子の傘が風で飛ばされて行ってしまった。黄色帽子がよく似合う女の子の傘は川に落ちてしまいどうしようもなくなっていた。周りにはハルしかいなかったし、この辺の小学校はもう少し歩かねばならない距離にあることを知っていたので女の子に傘を貸すことにした。女の子はお姉ちゃんも濡れちゃうからいいよと断ったが、ハルが陸上部員だから走ったらすぐ着くという謎の嘘をついて女の子に傘を渡した。ハルは持っていたタオルで女の子の髪の毛を拭いてやっていたら、お姉ちゃん遅刻しちゃうよと女の子が気にしていくるものだから、6分すれば次の路面電車来るから大丈夫と説得した。といいながらそう何本も逃すわけにはいかなかったのである程度拭いてやり、タオルは女の子に渡して駅に向かった。くせ毛を気にしてカバンを頭の上にやって走ったがそれでも凌げない雨が降るもんだからあきらめた。

 

トモキは放課後、他の高校に行っている中学の友達と映画に行く約束をしていたので帰りのホームルームが終わると急いで駅に向かった。路面電車を待っている間にトイレに行きたくなってしまった。我慢しようとも思ったがトイレに行くことにして、携帯電話をとりだし友人に、6分遅れると連絡をした。映画館につくと友人がチケットを先に買って待っていた。ごめんごめんと平謝りをしてシアターに入った。映画が終わると、夕食をとろうかという話にもなったが今月はお小遣いが厳しいのでやめて帰宅することにした。電車で帰る友人を見送りして、路面電車の駅に向かった。

 

ハルは放課後、一つ上の姉とショッピングをする予定だったので下校のあいさつをすると特に友人と雑談をするわけでもなく駅に向かった。向かっている途中に、今朝女の子に傘をあげてびしょ濡れになって駅にたどり着いた私に、男の子が貸してくれたタオルを教室に忘れてきたことを思い出した。別に明日でもいいかと思ったが、申し訳なさからまた明日会うかもわからないのに、明日返しますと約束してしまったことを思い出したので取りに戻ることにした。学校の敷地に入る前に、姉に6分予定より遅れちゃうと連絡した。ショッピングモールにつくと時間にうるさい姉がつんとした表情で待っていたので、年下らしく可愛らしく謝っておいた。一通りウインドウショッピングをした後、一番気に入った夏用のスカートを購入した。ハルはてっきり夕食まで食べるものだと思っていたが、どうやら姉はこの後大学の友人と会う予定があるらしく大人しく路面電車の駅に向かった。

 

トモキが路面電車を待っていると、今朝タオルを貸した女性が駅にやってきた。何となく気まずいから気づかないふりをしようと思ったが、つい目が合ってしまった。

 

ハルが駅に向かうと今朝タオルを返してくれた男が路面電車を待っていた。今日のお礼をもう一度伝えようかなと思ったが、向こうが気まずいかなと思ったので声はかけないようにした。だから心の中でありがとうとつぶやいたときに目が合ってしまった。

 

二人は何となく歩み寄り、どうもと声を掛け合った。トモキはまた時間を埋めようとどうでもいい質問を投げかけた。どんなアーティストが好き?旅行行くならどこに行きたい?そんなまるで中身の無い話をしていたが何となく楽しい時間だった。たった数分の会話だったが心の距離は少し近づき、お互いの中学時代の話をしていた。そんなときに路面電車がやってきた。お互いにこれは乗り込むものかと足を動かせなく、しどろもどろしていると時間に正確な路面電車は発車してしまった。

何となく二人は顔を見合わせて微笑みあった。

 

「6分すればまた来るしね。」

「それを逃してもまた6分すればすぐ来るよ。」

 

次の日からは晴れ渡る青空が広がった。

第三十話 ペーパームーン

「私、漫画家さんになりたいんだ!」
「アキちゃん、もう子供じゃないんだから将来のこと、真剣に考えなさい。」
「真剣だよ私は!」
「アキコ。そんなに人生甘くないんだ。考え直しなさい。」
「パパもママも私のことぜんぜん信じてくれないじゃない!!!」

 

そう言い捨ててアキコは家を飛び出した。
もちろん向かったのはいつものあの場所。
小さな頃からそこに居るだけで、世界が変わったように見えた。
高台の広場のことだ。町中を見下ろせて、夜には何も邪魔しない綺麗な夜空が広がるそこはアキコのお気に入りの場所だった。高台とは言っても、すごく細い道を通り抜けて、まるでジブリの世界に入り込んだかのようなところにあるので、そうそう他の人と出会うことはない。しかし常連はアキコだけではない。

 

「あ、トモ君!いたんだ!」
「びっくりするなあ、アキちゃん。今日もなんか嫌なことがあって来たのかい?」
「そうなんだよー。パパもママも私が漫画家になりたいって言っても、だめっていうの。」

 

アキコがここに来るのはほとんど、何か嫌なことがあった時だ。
高校の友達とケンカしたとき、好きな子に振り向いてもらえなかったとき、弟ばかり両親から褒められたとき。その理由は様々だが気持ちを落ち着かせるためにここに来る。
そうしたときにほとんどいるのが、年が3つ上のトモキ。アキコはトモ君と呼ぶ。トモキは高校を卒業してから、絵描きとして生計を立てている。

 

「トモ君はパパやママに反対されなかったの?絵描きさんになるって言ったとき。」
「うーん、反対はされなかったよ。強く背中を押されたわけでもないけど。したいようにしなさいとだけ言われたかな。まあそれが一番の後押しなんだけどね。
「いいなー!トモ君のパパママは優しいね。うちの二人は真剣に考えなさいっていつも言うの。」
「まあ、ご両親のいうことも分かるけどね。安定した仕事じゃないし、実力だけじゃすぐに報われないことだってあるしね。」
「じゃあ私は漫画家に向いてないと思う?」

 

トモキは返答に困った。アキコが書いた漫画を見せてもらったことはあるが正直、非凡なものは感じなかった。このくらいならだれでも書けるんじゃないかと思ったのだ。あきこの描く絵がおそらくその大きな原因だ。自分が書くほうが良いのではないかと思う程度だった。しかしトモキも漫画調の絵が描けるわけではないので変なことを言って期待させてはいけないと、何も言わなかったのだった。

 

「話も絵も上手だと思ったよ。もちろん否定はしないけどアキちゃんもまだ若いんだしもっと色んなお仕事を知ってから決めてもいいんじゃないかな。」
「何よ!トモ君まで。はっきり言えばいいじゃない!才能がないなら、ないって言ってよ!」

 

そう言い捨ててアキコは走り出した。
一日に二度も捨て台詞をは吐いて走り出すなんて何かの漫画みたいだなと思いながら走った。しかし走っても行くところがない。トモキの所に行くわけにもいかないし、家にもなかなか戻りにくい。
とりあえずふらつこうかなとも思ったけど、思ったより時間が経っていて、高校生が出歩いていたら危ないなと自分でも思ったので大人しく帰宅することにした。家に帰るとおそらくアキコの分の夕食が皿にラップされて置かれていた。母から「しっかり温めて食べてね。」と置手紙がされていた。気分的に食欲はなかったが残すのもあれなので電子レンジで温めて食べることにした。別にそんなに好んでいるわけではないハンバーグだったのに、いつもよりも味がはっきりするような気がしてとても美味しかった。味だけではない何かも相まって、自然と涙を流してしまった。明日も学校は休みだから夜更かししようと思ったけど、部屋を早く暗くして眠りにつきたい気分だったのですぐに眠った。

 

「アキちゃん!もうお昼になっちゃうわよ!起きなさい!」
「う、うん。まだ寝れるのになあ。」

「今日は何も予定ないの?」
「うん、別に。考え事でもしようかな。あ、少しは勉強も。」
「あら、高校生は忙しいわね。ママはお仕事に行くからお留守番頼んだよ。」
「はーい。」

 

母にはそう言ったものの、何を考えるわけでも、何か勉強するわけでもなくただ机に向かって座ったまま過ごした。考えたことと言ったら、トモキのこと。なぜ正直に言ってくれないのか疑問で仕方なかった。きっと優しいから本当のことを言えなかったんだと思うようにしたが、納得はいかなかった。本当に優しいなら真剣に話してくれてもいいのに、と思ってしまうからだ。そんな風に過ごしていたら、両親とも仕事から帰ってきた。しばらくして弟も部活からクタクタになって帰ってきた。夕食の時間になりいつも通り箸を並べる係として働き、特に変わらぬ談笑をして過ごした。部屋に戻り好きな漫画を読んでいたが何となく虚しくなってきたので、そろそろ寝ようとしたときに母がドアをノックした。

 

「アキちゃん!トモ君が会いに来たわよー」
「え?トモ君が?すぐいくー」
「なあに、どういう関係なのさー、あとで教えてよねアキちゃん。」
「そういうのじゃないってば!」

 

「こんばんはアキちゃん。」
「どうしたの?トモ君。」
「よかったら、今から少しだけ高台に行かないかい?」
「べ、べつにいいけど。ママいってきていい?」
「もちろんよー、いってらっしゃい!」

 

アキコの母はトモキの母の大学の後輩。アキコとトモキは親も絡んで古い仲なのだ。だから、アキコの母はトモキが進学校で学び、卒業後は絵描きになり絵画展にも出展していることを知っている。それもあってトモキのことを信頼していた。

アキコは、トモキがわざわざ会いに来たことを疑問に思っていた。そこまで頻繁に合う関係ではなかったし、高台に行ったときにたまたま会うことがあるくらいだった。
そんなことを思いながら歩いていると細い道を抜けて開けた高台に着いていた。

 

「どうしたのトモ君、急に。」
「この間は変にごまかしてごめん。思ったことを正直に言えなかったんだ。だから今日しっかり言おうと思って。」
「全然気にしなくていいのに。それに私、漫画家になるの諦めようと思うし。」
「そうなんだ。」
「何よ、そうなんだって。興味ないなら聞かないでよね。」
「そんなことはないよ。あ、アキちゃん。ペーパームーンっていう映画知っているかな?」
「あ、タイトルは知ってるよ。古い映画よね。」
「そうそう、その映画の主題歌の歌詞にこんなのがあるんだ。」

 

そういうとトモキはカバンから額縁に入った絵を取り出してアキコに渡した。絵だけではなくそこには英語の歌詞が書いてあった。

 

「簡単に訳すと、‘紙でできた月でも君が信じてくれたらそれは本物になる‘っていう意味なんだ。」
「素敵な歌詞ね。けどどうしてこれを私に?」
「このまえ正直に言えなかったことを言おうと思って。いいかな?」
「う、うん。あんまり傷つけるようないい方しないでよね。」


「アキちゃん。僕と一緒に絵本を作らないかい?」
「え?」
「アキちゃんの漫画を見させてもらったけど、正直漫画向きではないと思う。けど、とても感動的な物語だとは思うんだ。だからその話に僕が絵をつける。そうして絵本を作ろうよ。」
「え、けど私なんかじゃもったいないよ。トモ君はとっても上手なんだから。」
「そんなことないさ。僕だって絵本製作に携わったことはない。けどね、僕はアキちゃんの作る話が大好きなんだ。どれだけつたなくて、安っぽく見えたとしても僕はその話が世界中の人たちに感動を与えられるって信じてる。だから君の話は本物だよ。」
「そんなこと言われたって私、どうすればいいのかわからないよ。」
「だから僕の絵を信じてくれないかい?僕の絵を信じて、ステキな話を書いてくれないかい?今はまだ僕の絵も君の話も、ノートの端のお絵描きと教室の机の上に書かれた落書きかもしれないけど、お互いが信じ合えた時にきっと本物になるはずなんだ。」
「トモ君ってまじめそうに見えて意外とナルシストだな~。いいよ!一緒に絵本作ろうよ!私はトモ君のこと信じるよ!」

 

その日は雲一つなく、綺麗に星々が見えていた。
夜空の真ん中には、腰かけられそうな形をした月が光っていた。

トモキが描いた絵には、髭とハットが似合う紳士と赤い洋服を着て子供らしくない表情をした女の子が描かれていた。

二人は紙でできた月に腰かけていた。

第二十九話 20歳 2

いつだって馴染めない。

 

何も考えず能天気に生きている人がうらやましい。皮肉じゃない。本心でそう思っている。けど、そうなりたいかって言われたらそうとも思わない。そう、そうは思わない。

自然と気さくに話せる人がうらやましい。人と仲良くすることはできる。けどそのためにいろんな考えを張り巡らせてから発言している。だから一人になると疲れというものがやってくるし、一人でいることのほうが自分に合っていると思うが寂しさという厄介な感情を持ち合わせてしまっているからそうはいられない。

無邪気にはいられない。いつだって何かが自分を押さえつけているように感じる。羽目を外してみてもそこまで心地よいわけではないことも知っている。情熱とオーラで周りを引っ張て行く人物にはなれない。

いつだって褒められていたい。褒められるほうが伸びるタイプとかいろいろあるけどそういう類ではない。別に人に褒められなくたって頑張ることはできるし、けなされたって指摘されたって頑張ることもできる。ただ、認めてほしいだけなんだと思う。

 

誘われないのに断るセリフをいつだって覚えている。

 

天邪鬼なわけではない。相手がほんとに考えて行動しているのか不安なってしまうから反対しているかのように聞いてしまう。

いつだって賛同してくれる人と一緒に居たいわけではない。それもそれで居心地が悪い。批判されるべきところをたくさん持っているのは知っているから。

誰にでも心を開ける人なんていないと思っている。コミュニケーション上のエチケットは必要不可欠だし、そこは十分すぎるほどできると思っている。けどそういう風に考えているから、人のことを疑ってしまう。本心なのかどうかわからない。

 

憧れられたい。

 

自分と同じような考えを持っている人がいることは知っている。そしてその人たちにいつだって憧れてる。その人たちはきっと誰よりも真剣に努力している。けど努力の数や大きさは計れるものではないから、どのくらい頑張ればいいのかわからない。

幸せなことに認めてくれている人が周りにいることも知っている。その人たちのことを心から大切にしたいと思っている。認めてくれているからではない。憧れているからだ。

 

窓を開けて吐き出した煙と共に消える

 

まともになれない。なかなか。自分が間違ってるとは思わないけど、正解とも思っていない。だから否定してくる人も苦手だし、肯定しすぎる人も苦手だ。

自分のことしか考えられない。人はみんなそうなのかもしれないけど自分は過度な気がする。ただそんな自分は嫌いじゃない。いつだって自分のことが好きだ。

たまに人のことを傷つけてしまう。心にもないことは言わないけど、だからこそ相手には響きすぎてしまうみたいだ。けど自分だっていろんな人から傷つけられたはずだ。

そんなに思い悩んでいるわけではない。いつも人の前では陽気だから、考えている側面を見せると心配されたり、呆れられたりする。それはきっと仕方ないことなんだと思うことにしている。

拍手は一人分でいいんだって思っているけど、できればたくさんの拍手がもらいたいと思ってしまう。欲張りなのかもしれないけど、それを自分に言えるのは自分だけだと思う。

強がっているだけなところもあるけど、それもまた自分に言えるのは自分だけだと思う。

たまに、心の距離感なんて取っ払って励ましてくる人がいる。鬱陶しいと思っている。けどほんとはそういう人がいないとダメなんじゃないかとも薄っすら思っている。

 

 

二十歳になっても分からないことだらけだけど、窓を開ければそれも忘れてしまう。