diary-sentencesのブログ

日々たらたらと小話的な物語的なのを書きます。

第三十四話 コンビニ店員

街はずれのコンビニエンスストアの駐車場に、黒光りする全長の長い車が停まった。

車のドアが開くと中からは洗練された黒のセットアップに身を包み、サングラスをかけ、ポマードで固められた髪型の男が出てきた。

男はコンビニエンスストアに入り、何の迷いもなくレジへ向かった。

 

「すまない。傘をくれないか。」

 

その日は一日雨が降りっぱなしの日であった。場所によっては避難勧告も出ているところがあるほどの。

 

「傘でしたら入口の方にございますので、そちらをお持ちください。」

 

コンビニエンスストアの店員は丁寧に対応する。しかしこの狭い店内で傘の販売位置すら分からないなんてと不思議に思いながらの対応だった。

 

「そうではない。傘を無償でくれないかといっているのだ。」

「え?お客様。それは困ります。当店は無料傘貸し出し所ではありません。お支払いをしてもらわねば。」

「わかっている。そのうえで頼んでいるのだ。」

「え?なぜお支払いできないのですか。見た目で判断するのは良くないことではありますが、お客様は見た感じ、お金に困っているとは思えません。」

「ああ。君の言うとおりだ。全くお金に困ってなどいない。」

 

「ではなぜ、そこまでして傘なんかを無償でもらおうとしているのですか。」

「私はA国の大統領の秘書だ。我が国の大統領がお手洗いに行きたいということでこのコンビンエンスストアに来たのだ。」

 

「A国の方なんですね。とても日本語がお上手で。そんなことより、お手洗いはご自由に使用してくださって構いませんよ。」

「理解力が乏しいんだな貴様。大統領がお手洗いに行くには車から降りてこの店内に入らないといけない。するとどうなる?傘を持ち合わせていない我々は大統領を雨で濡らすことになる。だから私がわざわざここまで来て頼んでいるのだ。」

「雨アレルギーかなんかなんですか大統領は。そんなことより、だったら傘を購入すればいいじゃないですか。」

「貴様の頭の中には脳みそがはいってないんじゃないか?我々の国ではすでに現金というものは流通していない。すべてカードのみの決済だ。そして我々のような身分の高いものが使うカードは、わが国でも庶民が使うような店では利用不可だ。ましてやこんな遅れた国のこんなところで使えるわけがない。」

「だんだん言葉使いが汚くなってきましたね。そんなことより、でしたら私の傘をお貸ししますのでそちらをお使いください。店の物を差し上げることはできません。」

「貴様、どんなに充実していない学校教育を受けたらそんな幼稚な発想が出てくるんだ。我々の国の大統領に貴様のような他国庶民の事物を使わせるわけにはいかないだろう。さっさと傘を渡せ。」

「他国ってだけで下に見るのはどうかと思いますが。そんなことより、学力も理解力も乏しい他国庶民の私とこんな中身の無い話をしている暇があったら、私から傘を借りるか諦めて少し雨に濡れてもらうかどちらかにしないと、大統領も怒ってしまうのではないですか。」

「貴様、わかったような口をきくな。戸籍ごと抹殺するぞ。私に上げ足をとっている暇があったら上のものを呼んで来い。そいつと話をつける。」

「恐喝で訴えてしまいますよあなた。そんなことより、うちの店の店長は本日ひどくお腹を壊しています。出勤してからずっとお手洗いにこもっています。ですから、ここに店長を呼ぶこともできないですし、お手洗いを貸すことも実はできません。」

「貴様、なぜそれを早く言わない。最初から騙そうとしていたな。スーツの内ポケットからピストルを出して貴様を打ち抜くことは簡単だぞ。」

「銃刀法を違反しているナウなんですねあなた。そんなことより、あなたが私を撃ち殺してしまえば警察が駆け付けます。そのまま取り調べとなって、かなり長い時間拘束されます。そんなことをしている間に大統領の便意は限界突破してしまうんじゃないですか。」

「なら貴様をこのまま車に乗せて拉致してしまおうか。我が国で地獄を見させてやる。」

「そんな汚い国なんですねA国は。そんなことより、あなたが乗ってきた車に乗っているメンバー構成はどんなものですか。4人乗りのあの大きな車に、おそらく、運転手、助手席に大統領の息子さん、大統領とあなたが後部座席ですよね。」

「貴様、低能のくせに何を話し出す。まあ貴様の言った通りの4人でここにきている。」

「低能かどうかについては少々反論したいですが。そんなことより、だとしたらあなたは大失態を犯しています。あなたは傘を早く手に入れることだけを考えたあまり、後部座席の車のドアを開けっぱなしにしています。そしてそこから入り込んだ雨のしずくが今も大統領にかかっています。」

「やはり貴様は馬鹿だな。私がそんな失態をするわけがない。例えそうだとしても誰かがドアなど閉めるだろう。」

「おやおや、あなたも意外と節穴だらけですね。まず、大統領はドアを閉めません。なぜなら内側からドアを閉めようとした場合、腕が外に短時間ながらも出ますから濡れてしまいますよね。これは大統領の息子さんにも言えます。息子さんが閉めようとした場合、外に出ないといけないですから。ですからこの二人はドアを閉められない。」

「なんだ貴様。べらべらと急に喋りだすんじゃない。いいから早く傘を渡し、店長をとトイレから引きずり出せ。それに運転手が車から降りて閉めるにきまっているじゃないか。」

「言葉数でいえばさっきまでとあまり変わっていないのですが。そんなことより、運転手がドアを閉めるために車外に出るのは不可能です。なぜなら運転手が車を出てドアを閉めようとしているときに、何者かに運転席に乗り込まれて車をジャックされ大統領と息子さんを誘拐されてしまう可能性がありますから。あなたの国のしっかりと教育された運転手なんでしょう?そんなリスクを冒すわけがありません。」

「き、貴様。しかし、貴様の言うとおりだ。」

「やっと認めましたね。あと貴様って呼ぶのやめてくださいな。そんなことより、となると現在、車の後部座席のドアが開いていて雨が車内に入り込んでいる責任はすべてあなたです。さらにそれを解決できないのもあなたが私と長々と話し続けているからです。早く車に戻って謝罪したうえで、このコンビニではトイレを使えないようだ、日本語が伝わらなくて話が長引いてしまったと言い訳してください。」

 

洗練された黒のセットアップに身を包み、サングラスをかけ、ポマードで固められた髪型の男は急いで車に走っていった。

店員に背を向けて走り出したその姿はさながら、パンを盗んで逃げている者のようであった。